DTH3 DEADorALIVE
第28話 「ビンゴ」
細く長い通路は、細部に渡るまで白く舗装されていた。無機質さが牢獄を思わせる。素っ気無いにも程があるわとダイアナは不満を隠そうとはしなかった。きらびやかな世界に慣れた彼女にとって、同じ景色ばかりが続くこの場所は墓地にも等しいようだ。
「ねえ」
退屈を紛らわせるかのように、ダイアナは英雄に話しかけた。
「なにか?」
「言ってたじゃない? 遺産の予想がつくって。あれ、なに?」
意外そうな顔をした英雄の瞳が瞬く。
「確信したら言うって言ったはずだが?」
「今聞きたいの」
拗ねた口調は可愛らしいが、断った瞬間に罵倒が飛んできそうな気配も感じた。
しばらく思案した末に、英雄は口を開く。
「たいした話じゃない」
「聞きたいわ」
「君はなんだと思う?」
「ちょっと! 聞いてるのは私!」
ヒールの音を怒らせて、ダイアナが振り返る。英雄はお手上げとばかりに肩をすくめた。
「君のおじいさんが残した言葉。世界を救いもし、滅ぼしもする、だっけ」
「そうね。そんなようなこと言ってたわ」
「金、じゃないな。金なら救いもし滅ぼしもするが、対象は主に個人だ。世界じゃない」
「銀行にでも預けておいてくれれば話は簡単だったのに」
やっかいなことするから、とダイアナが胸元の金貨を睨む。
「多分、金庫には入れられないものだ」
英雄が淡々と歩き続ける。宝の正体を探ることに、なんの感慨も見出せないようだった。
「君達を呼び寄せなければ、渡せないもの。場所も人に知られてはならない。なぜなら“それ”は動かせないから」
切れ掛かった白色蛍光灯の点滅する光を見上げて、英雄は告げた。
「僕の乏しい経験から推察するなら――ガスかな」
それも新種の、と付け足す。
「使用方法によっては、それこそ世界を滅ぼしも救いもするだろう。なにせ世界は資源不足真っ只中。情勢は不安定」
なんて素敵な世の中だ、と肩をすくめる。
数歩進んだところで、ダイアナがついてこないことに気付いた英雄は立ち止まった。
「ダイアナ?」
ダイアナは、青ざめたまま立ち尽くしていた。顔色が悪いのは、気温のせいでも空気のせいでもないらしい。
「なん――て、言ったの? ガス?」
「天然資源」
英雄はさらりと言い換えた。
「なんで青くなるんだ?」
「そりゃなるわよ!」
無神経な物言いに、ダイアナが怒りを露にした。
「そんなもの、あいつらに渡せるわけがないじゃない!」
遺産は渡さない。
それまでただの反発心に近かった抵抗に義務感が加わる。そのプレッシャーに、ダイアナは震えた。感情の発露はただ唇を噛み締めるにとどまったが、その動揺は英雄に伝わったようだ。
頭を掻いた英雄が、言いにくそうにフォローを入れる。
「まあ、そう身構えることもないんじゃないか? 結局は予想だし、それに」
再び現れた曲がり角を指差す。
「この先が出口につながってる、とは限らないし」
海水の透明度が高い。むせかえるような潮の香りがなければ、ここが海だということを忘れそうだ。
砂混じりの岩。ところどころに珊瑚が見える。
「綺麗……」
ひやりとした海に足を差し入れたサラが呟いた。
踝に当たる波が心地良い。
「うわ、水入ってきた!」
顔を歪めたクレバスが片足を上げる。ぐっしょりと濡れたスニーカーを見て眉根を寄せた。
「あー、もう。防水でも上から入ったら意味ないじゃん」
がっくりと肩を落とし、大袈裟なため息をつきながら、クレバスは振り返った。
「サラ、大丈夫?」
「あ、はい。私はサンダルだから」
「そっか、良かった」
クレバスがにこりと微笑む。それから、そこらの店でサンダルを買えばよかったと呟いた。
「脱がなくていいんですか?」
「ん、足切りそうだし。もう濡れちゃったしね」
そう言いつつも、履いていたジーンズの裾を少しだけ折る。往生際が悪いのは自覚しているが、濡れた布地がまとわりつく感触は心地の良いものではなかった。
「これでよし。さ、行こう」
サラに声をかけたクレバスが、岸壁を見上げる。洞窟の入り口は岩場の影になっていて、もう見えなかった。
「あ……」
嫌なことに気付いてしまった。クレバスが顔を歪める。
「クレバスさん?」
「いや、別に」
クレバスは視線をそらしながら、無意識に鼻を擦った。それから、観念したように目を閉じる。
「……考えナシに階段壊したから、あいつら閉じ込めちゃったなと思って」
「あ」
言われて初めて気付いたというように、サラも岸壁を振り返った。目をこらしたところで人影がよぎるはずもない。岩場の周辺は完全に無人だった。
気まずそうに薄目を開いたクレバスの視線がさまよった。最善策を模索しているらしい。
「まあ……あそこが水没するってことはないだろうから、しばらく大人しくしてもらって、それから助けでも呼ぼうか」
さすがに放置は気が引けるし、と考えながら口にする。表情がどこか苦々しいのは、先ほどの行動を悔いているためだった。
「ダメだな、オレ。すぐカッとなるから」
もっとちゃんと考えて動かないと、とクレバスが伸びをする。手を下ろしながら溜息をつく姿を見て、サラの口元が緩んだ。
「でも、私は良かったと思ってます」
「え?」
「あそこで、クレバスさんが怒ってくれて」
そうでなければ、今頃どうなっていたかわからない。
サラが手にした銀貨が陽光を反射する。
「あ……そう?」
気のきいた返事ができないのは、その光に目が眩んだせいだとクレバスは思った。
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