DTH3 DEADorALIVE

「私は、知りたいです。なんでこうなったのか。おじいちゃんが、なにを残したのか」
「サラ!」
 あんた何言ってるの! とダイアナがサラの肩を掴む。
「静かに」
 英雄が口の前に指を立てた。ダイアナが小声でサラに詰め寄る。
「あんた何言ってるの。いい? あの人が何を残したんだか知らないけど、あたし達、そのおかげでこんな目にあってるのよ? たとえそれがなんだとしたって、ロクなものじゃないわ。だから――」
「だからよ、お姉ちゃん」
 サラがやはり小声で、けれどしっかりした口調で答えた。ダイアナの手に小刻みな振動が伝わる。サラの肩は震えていた。
「私も、クレバスさん達も、こんなことになって、私すごく怖い。早く家に帰りたい。おばさんの顔が見たい」
 サラが涙を押し殺すような声で答えた。
「だったら」
「だから」
 ともすれば泣き出しそうになる。サラは唇を噛み締めた。
「だから、知らなきゃ。どうしてこうなったのか、ちゃんと見たいの。このまま帰っても、私、きっと安心して眠れない。だって私は、私達は」
 ダイアンの孫なんだから。
 サラはダイアナの目を見て言った。
「始まりがおじいちゃんにあるなら、私は見届けたいの。見届けて――それが恐ろしいものなら、封をしなきゃ」
 ぶるり、とサラの肩が大きく震えた。
「それは、それだけは、私がやらなきゃいけないことだわ、お姉ちゃん」
 サラが震えながらもはっきりと己の意思を告げる。
 ダイアナは絶句した。
 サラは昔からダイアナの言うことをなんでも聞いていた。ここまで明確に拒絶するのは、初めてのことだった。
 いいや、初めてじゃない。
 ダイアナは気づいた。
 サラは最初から自分の考えを示していた。巻き込むまいと叔母の家を出て、NYに来たその日から。再会したテーブルですら、ダイアナの意に添おうとはしなかった。
 妹。
 たったひとりの家族だから、自分が守るべきだと思っていたけれど。
 ダイアナが掴んでいた力を和らげて、サラの肩を撫でた。そっと、名残を惜しむように。
「それがあんたの意思なのね?」
 意思を確認するように、瞳を覗き込む。
「ごめんなさい、お姉ちゃん」
 サラが申し訳なさそうな顔をした。
「謝ることなんかないわ。あたしは嬉しいわよ」
 ダイアナが笑ってみせる。らしくない、どこか覇気のない笑みだった。
「オーケー、二人の要望はわかった」
 英雄が立ち上がった。空を仰いで太陽の位置を確認する。水平線にもうすぐ触れるという距離。光の色はとっくに白から赤へと変化していた。
「五分後に行動しよう。それまで少し休んで」
 英雄の言葉にクレバスは目をむいた。すぐに行動しようと言い出すと思っていたのだ。クレバスが口を開く前に英雄が目配せする。何も言うな、そう言っていた。
「ダイアナ、いいか?」
 英雄がダイアナを呼んだ。クレバスとサラ、二人からわずかに距離をとった場所まで歩く。
「なによ?」
「少し時間がいるだろう」
 英雄は笑いもせずに言った。
「本当はもっとゆっくりできればいいんだろうが、生憎こんな状況だ。五分で、できるところまで心を立て直して欲しい」
 信じられない申し出に、ダイアナは遠慮なく英雄を凝視した。驚きに満ちたその表情に、英雄が不快そうな顔をする。
「……なにか?」
「そういう気遣いできるのね。驚いた」
「休憩なんかいらなかったか、失礼したよ」
「いいえ」
 ダイアナが深く長いため息をついた。
「助かったわ。ありがとう」
 くしゃりと髪をかき上げる。煙草を思い切り吸いたい気分だ。
「ずっと守るものだと思っていたわ。手が離れる日が来るなんて、考えたこともなかった」
 誇らしいと同時に埋めようのない喪失感が全身を満たす。ぽっかりと空いた空洞が、その存在の大きさをアピールしていた。
「ずっと庇護の翼の下にいるわけじゃない。そうよね。そうだわ」
 わかっていたはずなのに、と呟く。紡がれる言葉は、英雄に向けたものではない。ダイアナ自身を説得させるためのものだった。
「……わかるよ」
 それを承知した上で、英雄は頷いた。
「僕にも覚えのある感情だ」


 マンションに戻ったアレクは、セレンに手を見せろと言ってきかなかった。セレンが断る前に腕を掴む。長い指についた血のラインを見て、アレクは眉を寄せた。
「……言いたいことがあるんじゃないのか」
 むっとした表情のアレクに、セレンが問う。
「たくさんアリマス」
 薬箱を手繰り寄せ、消毒を始めながらアレクが答えた。
「人を殺ス。アナタは最低デス」
 ちくり、と消毒液がセレンの指に染みる。手を引こうにも、アレクはしっかりとセレンの手を押さえていた。
(それを赦ス、私も最低デス)
 アレクは心の中でひとりごちた。
「変わる気も詫びる気もないな。それで全部か」
 セレンが言う。
 生き方を容易に変えられるわけがない。それぐらいのこと、アレクとて承知していた。けれど――
「変わる気もナイ?」
「そうだ」
 嘘だ。だったらなぜこの指は傷ついて、自分はここにいるのか。
 アレクはセレンの顔を見た。
 自覚があるのかどうか、アレクにはわからない。それでも彼は変わりつつある。ゆるやかに、しかし確実に。
 セレンを見つめるアレクの瞳から殺気が失せる。やわらかく微笑んだ口元に、セレンの瞳が瞬いた。
「言いたいコト、たくさんアリマス。デモ、とりあえずハ」
 アレクが手当てを終えたセレンの手を離す。きちんと背を伸ばし、彼は言った。
「ただいまデス」
 アレクに応えるように、子猫が鳴いた。


【第31話・END】
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