DTH3 DEADorALIVE

 体に染み渡る優しい感覚が意識を呼び覚ます。
 すぐに目を開けないのは、体に染み付いた習慣のせいだろう。周囲に誰がいるとも知れない。意識を戻したことを悟られてはならない。己の状況を完全に把握してから瞼を開く――幾度となくそうしたように、英雄はその習慣に従おうとした。破らせたのは、耳下で囁かれた女性の声だった。
「起きてるでしょ?」
 棘を含んだ優しい余韻が、英雄の目を開かせた。瞬間、ぎこちなく体が固まる。柔らかなぬくもりが自分を包んでいる。ダイアナの腿を枕にする形で寝かされているのだと理解するのに、彼にしては意外なほどの時間を要した。
「ちょっと固まらないでよ、失礼ね」
 頭を撫でていた手を休めて、ダイアナは英雄を見下ろした。
 地面に座り込んでいた脚もスカートもすでに泥だらけだ。小枝の破片がダイアナの剥き出しの皮膚を刺激する。擦り傷でもつけようなら訴訟ものだ。その脚の価値を、そこに頭を乗せて休むという意味を、この男はまるで理解していない。どちらかと言えば、珍獣でも見るような顔をして、英雄は身を起こした。
「なんで」
 と言おうとして、喉が潤っているのに気づく。唇の端から滴り落ちた水滴を甲で拭って、自分はいつの間に水分を口にしたろうと英雄は考えた。
「あの子がね、予備の薬持ってきてるからって。ご丁寧にお水まで」
「……クレバスが?」
 言った英雄が辺りを見回す。クレバスを探しているのだと、ダイアナはすぐに察した。
「いないわよ」
「なぜ」
「さっき撃たれて転がって行ったもの」
 英雄の顔が瞬く間に青ざめる。すぐに駆け出そうとした彼は、途端に眩暈に襲われた。
「ほら、もう」
 ダイアナが英雄の手を引く。抵抗する間もなく、英雄は再びその腿を枕にする羽目になった。
「行かなきゃ」
 こんなことしてる場合じゃないんだと呻く。
「どこによ」
「どこにって」
「耳を澄ませてごらんなさいな。どこにも、銃声なんて聞こえない」
 英雄が怪訝そうな顔をした。
「……君が耳を塞いでる」
「本当に聞こえないわ、ほら」
 ダイアナが手を離す。聞こえるのは、木の葉のすれる音と、波の音、虫の声が時折。本当にそれだけだった。
「それが吉報とは限らない」
「そうね、吉報とは限らないわね」
 でも、あたしには聞こえたの。
 ダイアナはそう言って微笑した。

 あの子が、あの子のために叫ぶ声を聞いたわ。


第35話・END
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