DTH3 DEADorALIVE

最終話「DEADorALIVE」

 滑らかなカーブを描いたグラスの中で、揺らめく液体。ライトの光を受け、赤からオレンジ、黄、黄緑、そして水色へとグラデーションを描いている。
「ご注文の品です」
 優雅な口調で、セレンがグラスを差し出した。
「これが件のカクテルねぇ……」
 英雄がさして興味もなさそうにグラスを回す。
 控え目な照明が深海を連想させるバー・G&G。ゆったりとしたピアノが流れる中、それに耳を傾けながら、クレバスが店内を見回した。並ぶボトルも、グラスも、調度品のひとつに至るまで、すっかり元に戻っていた。
「よかったね、お店、元に戻って」
 クレバスがカウンターに肘をつく。
「まあな」
 セレンがグラスを磨きながら微笑んだ。
「お前はなんもしてねーじゃねーか」
 ダルジュがピアノを弾きながら吐き捨てた。
「店の片付けしたのも俺! 新しいもん発注したのも、元に戻したのも俺じゃねーか!  当たり前な顔して戻ってきやがって! ありがとうの一言もねーのかよ!」
「そうか」
 ダルジュの抗議を受け流しつつ、セレンはシェイカーを振った。
「セレン!」
 鍵盤を叩きつけるようにして立ち上がるダルジュの前に、セレンはグラスを置いた。
「礼だ」
 注ぎこまれた液体は、綺麗なコバルトブルーをしている。透き通るその色が、ダルジュの怒りも吸い込んだ。
「まあ、別にいいんだけどよ……」
 ぶつくさと零しながら、ダルジュがグラスを手にする。口をつけ、嚥下した瞬間、彼はその場に昏倒した。
「……なんだっけ、それ」
 英雄がダルジュが手にしていたグラスを指差す。
「お前の注文と同じだな」
 セレンがにこりともせずに答えた。
「DEADorALIVE」
 クレバスが代わりに言う。英雄のグラスを指差し、「代わりに飲もうか」と申し出る。
「馬鹿言うな」
 こんな危険なもの、と英雄がグラスを手にした。
 出来れば飲まずに済ませたい、とその顔に書いてある。が、セレンの前でそれは不可能な話だ。
 腹を括った英雄は、一気にそれを飲み干した。きつく閉じられた目が、驚きに見開かれ、瞬く。
「……おいしい」
 信じられないというように英雄は呟いた。
「当然だ」
 セレンが不敵に微笑む。その足元に、倒れたダルジュが転がっていた。


「セレンはやっぱりセレンだった」
 翌日、二日酔の頭を押さえた英雄のコメントはそれだった。
「一杯しか飲んでなかったじゃん」
 タオルを絞ったクレバスが呆れたような声を出す。それすら頭に響くのか、英雄は顔をしかめた。
「どれだけ濃いんだか。想像するのもやだね」
 ハンズスにはくれぐれも内密に、と念を押して、英雄は傍のファイルを指差した。
「あのファイル、君も目を通しておいてくれ」
「え?」
「次の仕事の情報になる」
 言われた言葉に、クレバスが目を丸くした。
「仕事……って」
「僕の仕事、一緒にやるって言ったじゃないか」
 濡れたタオルを額に当てながら、英雄が言った。
「それとも何か? やっぱりやらない……」
「やるやる!」
 クレバスがファイルをひったくる。その頬が興奮に赤くなる。
「オレ、やっていいんだ?」
「いいもなにも」
 英雄がこめかみを押さえた。
「実際、あの時、君がいなけりゃやばかった。感謝してる」
 僕には君が必要だと、さらりと告げた。
 クレバスの顔に満面の笑みが広がる。そんな顔を、英雄は初めて見たような気がした。
「これで一蓮托生だな。生きる時も、死ぬ時も、か」
「ん? なに?」
「いいや、こっちの話。ああ、そうだ、学校には行ってくれ。これは僕からのお願いだ」
「うん、わかった」
 クレバスは素直に頷いた。ファイルをめくる指が、浮き浮きとリズムを刻む。それを横目で眺めながら、英雄は静かに息を吐いた。

 生きる時も死ぬ時も。
 結局は、傍にいるのかもしれない。

 それは、永久の誓いに似ていた。



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