A Special Day2

「だからって、なんで僕を呼ぶのさ?」
 子供のように口を尖らせつつ、ガイナスはむくれて見せた。
「オレはシンヤにかけたんだぜ? なんでお前が出るんだよ。あれ、シンヤの携帯だろ?」
 クレバスが負けじと言い返す。確かに、ガイナスにも声をかけるつもりだった。しかし、本人がそれを望むか否か、シンヤの意見も聞こうと思ったのだ。
 ところが、その電話に出たのはガイナスだった。瞬間、閉口したのをクレバスは覚えている。そのまま腹いせ代わりに、目的を伏せ遊びに来るよう言ったのは、悪かったかもしれない。
「いいじゃん、別に」
 どうせまたろくでもないことに巻き込む気だと、ガイナスの予感は概ね的中した。目的はシンヤではなく自身だったあたりが誤算だが。
 シンヤは、ガイナスの買い込んだ荷物を持ちつつ、傍観を決め込んでいた。
「だいたいさー、買い物付き合うって言うから来たのに、なにそれ?」
 不満を隠そうとしないガイナスの視線の先に、アレクがいた。買い物にアレクがついてきた時点で、不審がるべきだったのだ。
「ガイナス、セレンのオトウト、デス」
 悪びれもせずにアレクが微笑む。
「そうだけどさぁ」
 実感ないんだよね、と言いつつ、買ったばかりのキャンディーを口に含む。都会であるNYは刺激に満ちている。珍しいもの好きのガイナスはいたく満足していた。が。
 セレンのこととなれば、話は別だ。
「ダカラ、一緒にプレゼント買いに行くデス」
「いやだよ!」
 悲鳴のような声を上げて、ガイナスは拒絶した。
「なんだって僕があんなおっさんにプレゼント選ばなきゃならないのさ!? キモイ!」
「そうデスカ?」
 きょとん、とした顔でアレクがガイナスを見た。
 実の兄弟でなぜそこまで拒絶するのか、理解できないらしい。
 それを察したガイナスが、決まり悪そうに告げた。
「そうだよ。それにさぁ」
 セレンの姿が脳裏を過ぎる。
「僕ら、暮らしたことだってないし」
 顔だって、碌に会わせていない。まともに会った回数はおそらく片手で足りる。
 ガイナスがショーウィンドウに視線を投げた。ウィンドウの中には、様々なオモチャや服、本が凝ったレイアウトで飾られている。目移りしそうな品々の前で、人々が立ち止まり、目当てのものを見つけては店内へと姿を消す。それを見送ったガイナスの目が細められた。
 ガラスに額を当て、呟く。
「あの人が何を喜ぶかなんて、僕にはわかんないよ……」
 吐息を受けて、ガラスが曇った。
「私も知りマセン」
「は?」
 あっさりと告げられた言葉に、ガイナスは振り返った。
「セレンの好きなモノ、私も知らないデス」
 むしろ知りたくはないと告げる。あんぐりと口を開けたガイナスの前で、アレクは平然と微笑んだ。
「じゃ……じゃあ」
 ガイナスがクレバスを振り返る。
 携帯の振動に気づいたクレバスが、片手を上げてガイナスを制した。
「あ、サラ? うん」
 手短に話すと、通話を切る。そのまま携帯をポケットに収めつつ、足はすでに動き出していた。
「ごめん、オレちょっと約束があって」
「いってらっシャイ」
 アレクがにこやかに手を振る。
「ちょ、ちょっと!」
 シンヤが無言でガイナスの手から買い物袋を取り上げた。
「先に宿に戻る」
「シンヤまで!」
 ガイナスの抗議にも、シンヤは振り返らなかった。
「さ、行きまショウ」
 アレクが浮き浮きと店のドアを開ける。逃げ場を失ったガイナスはしぶしぶその後に続いた。
 その店に強盗が押し入るのは、それから三十分後のことである。


 二つ信号を越えて、右に曲がる。
 メインの通りから少し離れた小道に、やや場違いな白の高級車が止まっていた。
「サラ」
 目当てを見つけたクレバスが小走りに駆け寄る。それに呼応するかのように、車のドアが開いた。
 春らしいワンピースの裾が、ふわりと揺れる。アスファルトに降り立った華奢な足は、真っ直ぐに伸びていた。
「クレバスさん」
 サラが微笑む。やわらかな笑みは、陽だまりを連想させた。
 事件後大して日数は経っていないのに、随分大人びて見える。
「近くに来たって」
「すみません、急に」
「いや、嬉しいよ」
 会話しながら、クレバスは刺さるような視線を感じた。
 見れば、運転席から降りた男が、クレバスを睨んでいる。
 褐色の肌に映える金色の髪。その合間から覗く群青の瞳は、歓迎とはほど遠いものだった。
「ラスティン」
 クレバスの視線を追ったサラが、たしなめるように言う。
 抗議を受けたラスティンは、大人しく瞳を伏せた。
「申し訳ありません、サラ様」
 丁寧な物言いの奥に、棘が含まれている。
 クレバスは敏感に敵意を察した。
「誰?」
 見たことのある顔だと思いながら、クレバスは口を開いた。
「あ、彼はラスティンと言います。私の――」
「微力ながら、サラ様のお手伝いをさせていただいております」
 ラスティンが後を引き継ぐ。
 その名を聞いたクレバスの眉が動いた。
 ならば、この男がアレクを襲ったのだ。
 自然、ラスティンを見るクレバスの視線は険しいものとなった。
 一触即発にも似た張り詰めた雰囲気に、サラがうろたえる。
「あ、あの」
「ああ、ごめん」
 我に返ったクレバスが、一歩引いた。ここに来た目的を思い出したのだ。
「なあ、サラ、ちょっと買い物に付き合ってもらってもいいかな?」
 サラも遠からずセレンに縁がある。悪いプランではないとクレバスは考えた。
「ええ、もちろん」
 サラが頷いた瞬間、
「お迎えにあがります。何時になさいますか」
 ラスティンが釘を刺した。
「ちゃんと送るよ」
 心配しなくても、とサラの肩に手を回したクレバスが歩き出す。そのままサラもつられるように歩き始めた。
「あの」
 サラがクレバスの肩越しにラスティンを振り返った。
「大丈夫です。行ってきます」
 わずかに振り返ったクレバスが、舌を出す。車の横で立ち尽くしたラスティンが、歯軋りするのが見えた。


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