A Special Day2

 ギフトには、送り手の性格が如実に現れる。
 選んだ品はもちろんのこと、ラッピングに渡し方、スタンスひとつとっても枚挙に暇がない。
「これなんか、かわいくていいですよね」
 立ち寄った雑貨屋でサラが手にしたオルゴールを見て、クレバスはそんなことを考えた。ログハウスを模した店内では、十代の女の子が喜びそうな可愛らしい雑貨が所狭しと詰め込まれている。棚からあふれんばかりのぬいぐるみ達は愛嬌を振りまき、どこからともなく甘い匂いが漂っている。天井付近ではブリキの人形がブランコしていた。
 イチゴを持った子猫が踊る陶器のオルゴールは、確かに可愛らしい。優しげな音色も、コミカルな猫の動きも、サラらしいと思う。
「ほんとだ、かわいいね」
 クレバスは素直に頷いた。
 問題は、その少女趣味なオルゴールをセレンがどうするかだ。
 サラの掌に乗せられたオルゴールをクレバスが覗き込む。くりんとした目を持つ子猫が、イチゴを担ぎ上げながらくるくると舞っていた。
「ですよね」
 クレバスの同意を得たサラが、嬉しそうに微笑む。柔らかな金髪が、ふわりと揺れた。
「でも、サラには敵わないかな」
「え?」
 さらりと告げられた言葉に、サラが顔を上げる。クレバスは眩しそうに目を細めた。
「よく笑うようになったよな。オレ、すげー嬉しい」
 以前のサラは、おどおどと下を向いている印象が強かった。とまどうような表情が多かった気がする。事件の最中であれば、無理からぬことかもしれない。
 しかし、事件が終われば、クレバス達が依頼人と再会するのは皆無に等しい。
 忘れたいのだ、皆。会えば記憶を掘り返す、その作業を厭う人間は多い。
 それだけに、クレバスはサラの笑顔を見られたことが嬉しかった。
「そ……うですか?」
 頬の火照りを感じながらサラが呟く。
 手にしたオルゴールが、ゆるやかにリズムを刻む。その側面に、サラの身を案じて物陰から見守るラスティンが歯軋りしている様子が映っていた。


 20:55 PM―――


 時間の流れにさしたる意味はない。むしろ、状況の悪化に拍車をかけるに過ぎなかった。
 飾られた時計の針を、アレクがぼんやりと眺める。
 あれから、二時間ほどは経過しただろうか。
 相変わらず強盗は店内におり、客も店主も取り残され、変化と言えば時計の針が動くことぐらいだ。
「誰か異常に気づいてくれよ」
 祈るような声で誰かが呟いた。
 間の悪いことに、この店はちょっとした隠れ家のような場所にある。メインの通りを外れ、何度か角を曲がり、さらになんの変哲もないマンションのニ階に――
 看板すら見落としがちだ。
 クレバスに初めて店に連れられて来た時、アレクもその存在に気づかなかった。クレバス曰く、セレンはこういった店を好むらしい。
 ともかく、そういった店の性質上、通行人の通報には期待できそうになかった。ふいに訪れる常連――恐らく人質に早変わりする――に望みを託すしかなさそうだ。
 額に鈍い痛みが走る。
 アレクはわずかに眉をひそめた。
「痛い?」
 ガイナスが不安げに訊ねる。
「イイエ」
 アレクは首を振った。
 このぐらいの痛み、大したことはない。
 それは年長者ゆえの配慮であったし、アレクの優しさでもあった。
 アレクにも、郷里に弟がいる。十一人ほどいる兄弟の一番上だ。クレバスやガイナスを見ていると、郷里の弟達のことを思い出す。
 元気だろうか。もう随分長いこと、会っていない気がする。
 会う資格もないだろうと、アレクの唇が自嘲した。
「あのさぁ」
 ガイナスが不満げに強盗を見やる。フラストレーションを募らせた強盗は、初めあちこちに当り散らしていたものの、今は篭城を決め込んだのか、カウンターにどっかりと腰を下ろしていた。その手に、銃を弄びながら。
「やっちゃダメなの?」
 ものの五秒で片が付く。それはアレクにもわかっているはずだった。
「ダメデス」
 涼やかに首を振るアレクに、ガイナスが唇を尖らせる。
「なんで?」
「なんでもデス」
 子供のような答えを返して、アレクは再び時計を眺めた。
 もうすぐ、セレンが店に出勤する。英雄には0時までの足止めを依頼したから、それまでには――
 片が、付かなくてもいい。
 アレクは目を細めた。視線が時計を射る。
 別に時間を過ぎたって、構わないのだ。
 まただ。
 アレクは唇を噛んだ。
 どこか投げやりな自分がいる。確かに己の感情なのに、その冷たさは他人のように馴染まない。
 パーティーのお膳立てをしたのは、自分だ。ならば、なにがあっても間に合うようにすべきなのに。

 コレが本当にセレンの為にナル?

 幾度反芻しても答えの出ない問いが、棘のようだ。
 けれど、何もしないわけにはいかなかった。
 アレクは、知っているのだから。


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