無敵戦隊シャイニンジャー

Mission2:「ひみつひみつひみつ」

 シャイニンジャー秘密基地の場所は、秘密と言ったら秘密である。仮に斎藤寝具からの請求書が郵便で届こうと、秘密なのである。「シャイニンジャー秘密基地御中」と宛名だけ記入して投函すると届くという事実を知った際、野村長官は郵政公社の組織力に戦慄を覚えたものだった。最近ではその中身に戦慄を覚えるため、配達員への口止めを忘れがちである。
 そんな基地の秘匿性のため、シャイニンジャーを除くスタッフはすべて基地内で生活をしている。生活に必要な物資は支給制、他にスポーツジム・ビデオレンタル・美容院に理髪店とあらゆるものが揃っていた。本来であれば、シャイニンジャーの三人もここで暮らすのが望ましいが、三人が三人ともそれを拒否したのだ。異口同音に彼らが告げるには、日常生活に支障が出るらしい。シャイニンジャーは基本的にボランティア扱いのため、強制は出来なかった。出来るものなら、出動すら強制していると野村長官は思ったものである。


 シャイニングブルーこと斎藤貢は急ぎ足で廊下を歩いていた。
 もうすぐメインルームで月例の会議が行われる。戦果報告・ネオロイザーの動向の変化や新着情報など。パソコンを通じての臨席を求めたが機密保持を理由に断られた。いちいち会議の椅子に座らなければならないとは、なんというアナログ仕様だと毒を吐く。
 その瞬間だった。
 目の前に、軍手が伸びてきた。
「これ持っといてや!」
 渡されたものを反射的に受け取ったブルーは眉をしかめた。手が妙にねとつく。機械油にまみれた大型のペンチが、手の中でずっしりとした重量を誇っていた。
 見れば、トラブルを起こしたらしい機械と格闘しているメカニック・スタッフがいた。黒髪の長髪を束ねた後姿から、女性だとわかる。詰襟タイプの作業着は薄紫色でよく似合っていた。彼女は機械に向かって「あかん」「ほら、言うこと聞き」とぼやきながら、傍らにある工具を次々と手にしては、傍にいるスタッフに次々と指示を飛ばしていく。時折、機械から火花が走っても目をそらそうとはしない。その顔も、服にも、油と汚れが染み付いていた。
「あの…」ブルーが口を開く。
「今急がしいんや!黙っとき!」
 大きなメガネを曇らせたまま女性が叫んだ。
 ため息をついた人間がブルーであると気づいた別のスタッフが、慌ててペンチを受け取ろうとしたが、ブルーはそれを手で制した。
「なにがあったんですか?」
「ええ、電気回路系統のトラブルで。予備電源へのサポートシステムも故障していて、あと3時間で直さないと基地内の電力が落ちるんです」
「それは大変ですね」
 機械と格闘するメカニックの姿を見ながら、ペンチを握り締め、壁にもたれる。
 会議の時間はとうに始まっていた。

 どうにかトラブルの処理を終えた女性が、一息ついて立ち上がった。軍手をしたままずれたメガネを直す。と、初めてそこにブルーがいるのに気づいたようだった。
「あんた、何しとん?」
「これを預かっていたので」
 ブルーがペンチを差し出すと「ああ!そこにあったんか!」と礼もそこそこに受け取った。
「ありがとうな!あんた…」
「斎藤です。斎藤貢」
 自分の服でペンチを拭いていた女性の動きがぴたりと止まる。ブルーは彼女の詰襟に「主任」の刺繍がしてあることに気づいた。
「…斎藤、貢…?」
「シャイニングブルーです」
 気を利かせて先に自己紹介をしたつもり、だった。
 途端に相手の目の色が変わる。
「あんたか!人の作ったスーツをろくに使わんアホンダラってのは!」
「と、言うと?」
「あたしは宮田ナル!シャイニングスーツの開発者や!」
 鬼気迫る勢いで胸を張る宮田主任に向けて、ブルーは言った。
「あなたですか」

「後付で人を選ぶというはた迷惑なスーツを作ったのは」



 メインルームでブラックは腹を抱えて笑っていた。腹筋が引きつって苦しいと言いながら、ソファの上を転げまわっている。
「笑いすぎです」
 オペレーターの時田ナナが冷やしたタオルをブルーに差し出した。礼を述べ、差し出されたタオルを頬に当てる。ひんやりと冷たい。
「初対面の女性に殴られたのは初めてですよ」
「彼女的にはペンチで殴らなかった分、感謝して欲しいらしいぜ?」
「冗談でしょう」
 はあ、と懊悩深くブルーはため息をついた。跡がつかなければいいがと懸念する。
「事情はメカニックスタッフから聞いている。まあ、なんだ、その…災難だったな」
 ごほんと咳払いをしながら、野村長官が告げた。会議終了後に現れたブルーに小言の一言でもくれてやろうと顔を上げた瞬間、言葉を失った。ブルーのわりと整った顔、その頬に、くっきりと女性の手のひらの形が現れていたのである。
 見た瞬間にブラックは笑い出すし、レッドは長官同様絶句するしで緊迫していた空気はどこかへ失せてしまった。
 目下の長官の課題は、こみ上げてくる笑いをこらえることである。
「笑いたければ、どうぞ」
 先を見越すようにブルーに言われ、長官は慌てて真顔を取り繕った。
「いや、ワシは別に…」
「口の端が歪んでますよ」
 長官は目をそらしながら咳払いを繰り返した。その様子を見たブルーの視線は、これ以上なく冷たい。恐らく今度は、長官の鼓動を止めるような請求書が届くことだろう。
「んー、宮田主任かぁ」
 様子を見ていたレッドがようやく口を開いた。
「いい人だよね。スーツの機動性の話とか、すぐ相談に乗ってくれたりするし」
「お、そうなのか?」
 ブラックが身を乗り出す。ブルーがそれをたしなめた。
「この人の人物評ほど当てにならないものはありませんよ。右も左もいい人だらけ。レッド、私は?」
「いい人だと思うよ」
 にこにことドリンクを飲むレッドを、ブラックが信じられないという眼差しで見た。
 その瞬間だった。
 メインルームにオペレーターの声が響き渡る。
「ネオロイザー反応!座標220.38.194.63!民間人が襲われています…えっ」
 一瞬言葉に詰まったオペレーターはすぐに続けた。
「失礼しました。襲われている人間に識別コード反応アリ。照合完了!襲われているのは…宮田主任です!」
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