無敵戦隊シャイニンジャー
夜の工場をパンプスの音が駆け抜けた。
シルエットのスカートがふわりふわりと揺れている。
なびく髪の後を追う影は、時代劇の鎧武者を思わせた。
人気のない工場地帯に誘いこめたのは、運がよかったのかもしれない。人に被害が出ない。宮田ナルは安堵した。
ちょっとした買出しがあって、基地から出た。その瞬間にこの様だ。情けない、と自嘲する。無敵のスーツを作れても、自分はなんと弱いのだろう。
壁に身を預ける。ただそれだけで攻撃を受けた右手が痛む。滴った血が、地面に血溜まりを作った。
『この裏切り者が』
宮田を追い詰めたネオロイザーが、吐く息と共に告げた。
黒い、鎧武者を模した体。面に覆われた顔の奥の瞳は暗く、その表情は読めない。けれど全身から放たれる殺気が、ネオロイザーの憤怒を表していた。
「それがなんや」
宮田は微笑んだ。瞳に光が宿っている。
「あたしはあんたらのやり方が好かん!それだけの話や!」
『それで地球人の味方か。愚かなことだ』
ネオロイザーが嘆きつつも刀を手にした。宮田が身構える。
辺りに緊張感が張り詰めた。
傍の水道の蛇口で水滴が、膨れていく。
張り詰め、落ちて行くその瞬間に、声がした。
「宮田主任!」
びくりと宮田が揺れる。
ネオロイザーが、くく、と喉の奥で笑った。
『お仲間の登場だ…もっとも』
そう言って見えない瞳で宮田を見る。
『お前のその姿、受け入れてくれるかな?』
声と共にその気配が闇に消えていく。
「待ちぃや!」
宮田が叫んだ時には、すでにネオロイザーは消えていた。後にはただ闇が残る。
傷ついた宮田の手は、最早人の形をしていなかった。
彼女本来の姿…ネオロイザーとしての姿を露呈していたのである。
自分のハサミ状の手を見ながら、宮田は嘆息した。
人ほどの大きさのカニがいたら、その爪はこんな形をしているだろう。色も形状もそっくりだ。
随分出血してしまった。もう人の形にするほどの力は残っていない。宮田は知らず諦めにも似た笑みを浮かべていた。
「宮田さん!」
声がする。
わかる、これはレッド君や。
宮田は、無邪気にメカニックスタッフのところに遊びに来るレッドの姿を思いだした。他愛のない質問を繰り返しては、ありがとうと笑って去っていく。弟、というものがいたらあんなカンジなのだろうと思う。
『お前のその姿、受け入れてもらえるかな』
去り際のネオロイザーの声が宮田の心を掠めた。
大丈夫。と強く確信する自分に、疑いの声が沸きあがる。
この星に来て、学んだ人類の歴史。迫害は常に歴史の傍らにあった。彼らは異形に容赦はしない。そういう種族なのだ。
宮田の内側をぞっと何かが撫でていった。拭い去れないなにかを残しながら。
「宮田主任!良かった、無事!?」
レッドの姿が暗闇の中にも見えた。その後ろにブラックもいるのがわかる。
街灯の明かりが弱いせいで、はっきりと姿は見えない。恐らくむこうもそうだろう。その時ブラックがそれを見咎めたのに宮田は気づかなかった。
レッドが一歩近づく。
その度に宮田の鼓動が鳴った。
あたしは信じる。
また一歩。
人を、レッド君を、信じる。
一歩。
レッドの笑顔がよぎった。あれが自分を見下げる日が来るのだろうか。
もう一歩でも近づけば、自分の右手の異変に気づくだろう。
宮田は思わず目を瞑った。
信じる。信じたい。けど…!!
涙目になっているのが自分で分かる。
なにを疑ってなにを信じているのか、宮田は自分でもわからなかった。
「こちらにネオロイザーはいないようですよ。宮田主任もご無事のようです。レッドとブラックは周辺を見てきてください」
涼しげな声と共に、宮田の右手にスーツの上着がかけられた。宮田の真横から現れたブルーが、そのまま宮田を体で隠すように前に出る。唖然と見上げる宮田の視線に構う様子もなく、ブルーはレッドとブラックに指示を出した。
「え、でも…」
抗議の声を上げかけたレッドの首にブラックが腕を回す。レッドの口からつぶれた蛙のような声が漏れた。
「ま、いーじゃねーか。無事だってんだしよ。俺らはそこらにネオロイザーがいないかどうか見ようぜ」
苦しいよ、というレッドの直訴に耳も貸さずにブラックはブルーを見た。これでいいんだろうとの表情に、貸しを作ったことを自覚したブルーが苦い顔をする。
「あんた…なんで…」
呆然と宮田がブルーを見上げた。
右手を隠すようにスーツを握り締める姿を見ながら、ブルーが口を開く。
「…私は、宮田ナルという人が戦い続けていたのだと知っています」
機械と、あるいは同胞と。そして自分と。
夜風が吹いた。宮田の黒い髪が風に流れるのを目で追いながら、ブルーは気恥ずかしそうに告げた。夜でなければ、その頬に朱が走っているのに気づいたかもしれない。
「それを放っておくほど薄情じゃありませんよ、私は」
「は…は」
笑いながら宮田はその場にへたりこんだ。
がくがくと震えが止まらない。なぜだろう。
「急に体の力が抜けてん。おかしいな…」
呟く先から、そのメガネの奥の瞳から涙が零れ始める。
「どうぞ」
ブルーが綺麗にアイロンされたハンカチを差し出した。
「汚れてまうよ」 宮田は固辞した。
「構いませんよ。貴女の涙でなら」 ブルーが微笑む。柔らかな、笑みだった。
「あんた、たまには良いこと言うなぁ」
「たまにですから」
レッドと違って、とブルーは呟いた。
空には満月が。
地上には、影が。
間延びした光は、ブルーのハンカチに手をのばすハサミのシルエットを地面に刻んでいた。
〔Mission2:終了〕
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