無敵戦隊シャイニンジャー
勢い、飛び出してしまったナナは途方に暮れた。
基地の廊下をうつむきながら歩く。
さっき見てしまった映像が頭から離れない。
綺麗な、人だったな、と思う度に涙がこみ上げた。到底敵わない。
それでまた下を向いてしまう。ナナは小さく唇を噛んだ。歩き続けていた足が止まる。
変わりたいと思うなら、変わらなきゃ。
そう自分に言い聞かせる。
すぐになんて無理だ。それでも、少しでも。
努力もしないで、嘆くだけの自分なんてもう嫌だ…!
ナナは顔を上げた。
メインルームに戻ろうと、踵を返す。
振り向いた先に、ステファンの姿を見つけた。
「ハイ」
ステファンが手を振る。
「ステファン医師…」
ナナが呆然と呟いた瞬間、目の前に閃光が走った。
地震を思わせるようなひどい揺れが、シャイニンジャー秘密基地全体を襲った。
メインルームで警報が鳴り響く。
「どうした!?」
長官が叫ぶ。
キーを叩いていたオペレーターが答えた。
「事故です。BブロックDエリア破損!原因不明!…Dエリアの一部が密閉状態になっています。識別コード捕捉…時田隊員と、ステファン医師が閉じ込められた状態です」
それを聞いたレッドが勢いよく立ち上がる。駆け出そうとするレッドにブラックが声をかけた。「あ〜、いい。俺が行くから」
「え、けど」
どうしたもんかね、と呟きながらブラックは頭を掻いた。
「ん、まあ、いいって。レッドは茶でも啜ってろよ」
駆け出すわけでもなく、ぺたりぺたりと草履でゆっくりと歩き出す。どこか面倒そうに頭を掻くブラックの右手には、和装には合わないシャイニングブレスが光っていた。
「う…」
ナナは瓦礫の中で目を覚ました。空気がひどく埃っぽくて毛羽立っている。見れば、自分の立ってた通路が瓦礫で埋もれている。驚きに目を見開くナナの背後から、凛とした声がした。
「閉じ込められちゃったわね」
「ステファン医師!」
ナナが驚く。立ち上がったステファンは、ナナに気遣うような笑みを見せた。
「怪我は無い?」
「医師こそ」
世界的な名医だと聞いている。怪我などさせては大変だ、とナナはステファンに駆け寄った。
「アタシは大丈夫よ」
ステファンが答える。ナナがほっと息をついた。
埃と煙にまみれたフロアに、獣のような唸り声が聞こえた。
それが耳に届くか届かないかの内に、声の持ち主が姿を現す。
ナナは恐る恐る振り返った。
視界に入ったその生物の姿は、狼に似ている。けれど、大きさがでたらめだ。馬よりもはるかに大きく、毛並みは光がかった緑。真っ青に塗りつぶされたような瞳は、地球上のどの生物にも当てはまらなかった。
「ネオロイザー!?」
ナナが驚く。ネオロイザーの四肢にはめられた鉄の輪を見たステファンが目を細めた。
「実験用のが逃げたのね」
「実験用って…」 そんな話は知らない、とナナは頭を振った。
「驚くことはないんじゃない?未知と敵対するからには、至極当然のことよ」
ネオロイザーが一歩踏み出した。驚いていたナナが、ステファンの前で手を広げる。
「あら?」
「ステファン医師、下がってください」
左手でステファンを制しながら、残った右手で護身用のレーザー銃を取り出した。
震える手で、ネオロイザーに狙いを定める。
いいや、手だけではない。ナナの全身が、小刻みに震えていた。
オペレーターとはいえ、戦闘訓練は受けている。けれど、相手は命のない的だった。こんな敵意に対峙したことなど、今まで一度もない。ナナの額を、じっとりと汗が流れた。
ネオロイザーは唸りながらナナを見ている。
目をそらしたらやられる、とナナは直感した。
自分はいい。自分の勝手でこの場所に来たのだから。けれど、後ろにいるこの人は…!
その思いだけが、ナナをこの場に留めていた。そうでなければ、逃げているに決まっている。
ナナはネオロイザーから目をそらさないまま告げた。
「ステファン医師、もしもの時は私が囮になります。その隙に逃げて下さい」
「いやよ。女の子置いてなんか行けないわ」
「お願いします。医師は基地に必要な方です」
ブラックさんにとっても、と言いかけて、ナナは口をつぐんだ。
「それに、ブラックさんも悲しみます」
「カイがねぇ。泣くかしら」
ステファンが呟いた瞬間、ネオロイザーが駆け出した。早い!硬直しきって動けないナナの肩をステファンが掴む。
ステファンはナナごと横に飛んで、ネオロイザーの爪をかわした。ネオロイザーが瓦礫に突っ込む。辺りに粉塵が舞った。
呆然とするナナを抱えたまま、ステファンは告げた。
「アタシが呼ばれたのはね、こういう時のため。病院だから大丈夫なんて上品、戦場では通用しないことが多いしね。アタシはどこにも属さずにやってたから、尚更」
「ステファン医師…」
「戦うお医者様、とでも呼んで頂戴」
ナナちゃん軽いわねぇ、うらやましいわと小柄なナナの体を抱き上げたまま、ステファンは笑った。途端にナナが赤面する。
「それにしても」
舌打ちをしながら、ステファンは呟いた。
「カイ!いるんでしょう!さっさと片付けなさい」
「はいはい」
まるで今までのことを見ていたかのように、瓦礫の影からブラックが姿を現した。
「そのままお前が片付けてくれるんじゃないかと思ってさ」
「アンタの仕事よ。こなしなさいな」
「ブラックさん…」
ナナの声に、ブラックは少しだけ振り向いた。いつもの笑顔で、「ごめんね」と言われた気がする。
ブラックの右手が掲げられた。掛け声と共に、光がブラックの全身を包んで行く。
その姿を、綺麗だ、とナナは思った。
ナナが目を覚ましたのは、医療ルームだった。新品に近いような白さを誇るベッドの上で起き上がる。
「あら、気づいて?」
ステファンがナナに微笑みかけた。
「良かった〜」
レッドが安堵の声を漏らした。
「生態研究用のネオロイザーが逃げたようですよ。後で保安部に慰謝料でも請求したらどうです?」 ブルーが淡々と告げる。
唖然とするナナの前に、ブラックが現れた。きしりと軋ませながら、ベッドの脇の丸椅子に腰掛ける。
「ブラックさん…」
「ナナちゃん、あのね。まだ誤解してるかもしれないけど」
ブラックは懊悩深くため息をつきながら、後ろにいるステファンを親指で示した。
「こいつ、男」
言われたナナが目を見張る。あれだけ接近していて、気づかなかった。己を恥じて俯くナナの手を、ブラックがとる。その暖かさに、ナナの胸が高鳴った。
「それからね、俺、誤解されやすいみたいだから言っとくけど」
真剣な瞳でブラックはナナを見つめた。太目の眉が、きりりと締まる。
「ボン・キュッ・ボンなおねえちゃんは確かに好きだ。でも、ナナちゃんみたいな子“も”好きだから!!」
しん、と医療ルームの時が止まった。
目が点になっているナナをよそに、ステファン医師とブルーがブラックの襟首を掴む。そのままブラックはずるずると二人に引きずられ、どこかへと消えた。
呆然と見送ったレッドが、ふと、ナナに目線を映した時、ナナは静かに微笑んでいた。
ブラックに握られた手を大事そうに握り締めながら。
すぐになんて変われない。でも、きっと今日より明日の自分を好きになろう。
あの人に、誇れる自分になるために。
ナナは、そう心に決めていた。
〔Mission3:終了〕
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