無敵戦隊シャイニンジャー

Mission4: 「正義を愛する人」

 シャイニンジャー秘密基地のメインルームでレッドは背伸びをした。
 目の前の机には参考書が広がっている。彼が暇さえあればそうしているのは、基地内の誰もが知っているところだった。思い切り背を伸ばして、一息ついたところに、ナナがコーヒーを差し入れる。
「どうぞ」
「ありがとう、ナナちゃん」
「お勉強、大変そうですね」
「うん、ま、仕方ないかな」
 レッドがコーヒーに口をつける。
「そういえば来る度にあなたの姿を見ますけど、家には戻っていないんですか?」
 対面に座っていたブルーが不思議そうに聞く。レッドは言いにくそうに小首をかしげた。
「うーん、そう言うわけじゃなくて。なんていうか…」
 レッドが頬を掻く。どこか幼さを残した唇を少し尖らせて、言った。
「アパート、追い出されちゃった」

 空気の割れるような音が、ブルーからした。


 仕方がないと思うよ、とレッドが笑ったことに対し、なぜ自分がこんなに腹が立つのか理解できないとブルーが零すと、ブラックは可可と笑った。
「出動続きでバイトクビになって、それを口実にアパート追い出されたって?あはは、そりゃいいや」
「笑い事じゃありませんよ。全く。レッドの話じゃ当分家賃は払える額の貯金はあったっていうじゃありませんか。体のいい口実を作っただけでしょうに」
 心底不愉快そうにブルーが紅茶に口をつけた。ブルー専用の白磁のティーカップが小刻みに揺れている。
「お、そうだ。ブルー知ってるか?レッドが浪人した理由」
 ブラックがぽんと膝を叩いた。
「いいえ?」
「3つ受けたらしいんだけどな。1つは信号渡ってたばーちゃんの荷物を持って家まで送ってたら、開始時間が過ぎて受けられず。2つ目は、途中でネコが怪我してるのを見つけて病院に連れて行ってたらアウト。3つ目がな」
「もういいです。眩暈がしてきました」
 ため息をつきながらブルーはカップを置いた。
「いいから聞けよ」
 構わずにブラックが続ける。
「試験中に隣のヤツが腹痛起こしてな。結果的には盲腸だったんだが、倒れて駆け寄ったレッドの手を離さなかったんだとよ。で、救急車呼んで、君は試験に戻れと言われたが戻らなかったと」
「馬鹿ですか」
「でも、手が離せなかったんだとよ」
 そんなのなんの意味もない、とブルーは言った。
「医者じゃあるまいし、出来ることなんかないじゃないですか。ましてや他人でしょう」
「あんまりそういうの気にしないらしいぜ」
 ブラックがメインモニターに目をやった。
 モニターの中で、レッドが戦っているのが見える。ネオロイザーが出現したのだ。
「…理解できません」
 ブルーがため息をつく。
「ワシは、なぜお前らがここにいるのかが理解できんのだが」
 長官がぶるぶると肩をふるわせながら、二人に声をかけた。白髪の混じった髪を後ろに撫で付けている。こめかみがひくひくと動いているのは気のせいか。言われた二人がのんびりと長官を振り返った。
「あー、まあ、いいじゃないっすか。あれくらいなら、レッド一人でなんとか出来ますよ」
 ブラックがあははと笑い飛ばす。
「そうですね。私ももう昼休憩が終わるので、失礼しますよ」
 きびきびとした仕草で、手首の時計を確認したブルーが席を立つ。唖然とした長官を尻目に、ブルーはメインルームを後にした。
 ふわあ、と欠伸をしたブラックも席を立った。ぺたりぺたりと草履の音をさせながら、ゆっくりと、ブルーに続いて出て行った。


 レッドこと青葉太陽の現在のアルバイト先は、都内のラーメン屋だった。店主が理解ある人で、シャイニンジャーとしての出動があるのを承知の上で雇ってくれたのである。
「だってそりゃあねえ、俺らが出来るのはそんくらいだから。なあ、太陽ちゃん!」
 がはは、と笑った店主は恰幅のいい人物だった。つられて笑いながら、ブラックが出された水に口をつける。
 カウンターで12席、テーブル席が3つほどの小さな店だ。赤い暖簾に、黒のテーブル、壁には色紙に書かれた手書きのメニューが並んでいた。品数は6つ程度と多くはない。壁に飾られた丸時計が、22時を示していた。自分の他に客がいないのを見て、流行っているとは言いがたそうだとブラックは思った。
「いらっしゃいませ」
 カラカラと引き戸が開かれ、現れたのは、場違いにも思える仕立ての良いスーツを着たサラリーマンだった。
「ブルー」
 カウンターの中でレッドが驚きの声を上げる。
 ブルーは黙ってブラックの隣に腰掛けた。
「何頼んだんです?」
「チャーシュー麺大盛り!」
 あなたは本当に坊主らしくありませんね、とブルーは嘆息した。
「私はラーメンで。ああ、ビールにグラスをふたつつけてもらえますか?」
「うん、わかった」
「お客様には”はい”」
 いらついたようにブルーが言った。
「はい!」
 にこっと笑ったレッドが、ビールを取りに走る。すぐにビールとグラスが二人に出された。
 どこかとげとげしい雰囲気を持ったブルーを見て、ブラックがにやりと笑う。
「どうしたんだよ?機嫌悪そうだぜ」
 手にしたビールをブルーのグラスに注ぐ。そのまま手酌で、自分のグラスにもビールを注いだ。
「別に、どうも」
 明らかに不機嫌そうなブルーは、注がれたグラスを一気に煽った。
「おお!いい飲みっぷりだね」
 はあ、とブルーが息をつく。あまり酒に強くは無いのか、すぐに頬に朱が走った。
「実は会社で…」
 ブルーが話し始めた時、調理場の奥で皿や鍋が倒れる激しい物音がした。
「太陽ちゃん!?おい、どうした!」
 店主の慌てた声に、ブラックとブルーが立ち上がる。
 二人が駆けつけた時、レッドは意識を失って床に倒れ伏していた。
Copyright 2005 mao hirose All rights reserved.