無敵戦隊シャイニンジャー

「レッド!?」
 すぐさまカウンター内に入り込んだブラックが、レッドの元に駆けつけた。抱き上げようとするブルーを、手で制する。
「頭を打ってるかもしれない。迂闊に触らないほうが…ん?」
 レッドの全身に目を走らせていたブラックが、足元を見たまま動きを止めた。つられてブルーも、店主もレッドの足に目をやる。
 使い古したジーンズの先と、やはり使い古されたスニーカーの間に見えるレッドの足首になにか糸状のものが巻きついていた。
 小麦色をした4ミリほどの太麺である。
 麺はそのまま、途切れることなく調理場で作られていたラーメンどんぶりに続いていた。
「長…すぎませんかね?」
 ブルーが呟く。
「ここの持ち味なのか?」
 一本だけの麺とか、とブラックが聞いた。
「ちち、違う違う、うちはこんな…」
 店主が否定しかけた瞬間、ラーメンどんぶりから煙が吹かれた。
「ネオロイザーか!!」
 ブラックとブルーが身構える。店主はなにか悲鳴を上げながら、店外へと逃げ出した。
『メンメン魔〜』
 正体を現したネオロイザーは、依然、器にもられたラーメンの形態をしていた。違いは、どんぶりが大人が両手を広げたほどの大きさであるのと、どんぶりの横に目があること、糸のような鬚が生えていることである。
『よくぞ気づいたな、シャイニンジャー!』
「レッド、大丈夫ですか?」
 特に戦う気もないブルーがレッドの頬を叩いた。うーん、と唸りながらレッドが目を覚ます。
「あれ?オレ…」
「足引っ掛けて転んだらしいぜ」
 ブラックが言うと、レッドは赤面しながら頭を掻いた。
『おい!』
 ネオロイザーの声にレッドが顔を上げた。
「…ラーメンがしゃべってる…」
 宙に浮いた巨大なラーメンどんぶりを見て、レッドは呆然と呟いた。
「ああ、ネオロイザーらしいわ」
 どうでもよさそうにブラックが答える。
『おのれ、愚弄するか!』
 ネオロイザーが叫んだ。途端にどんぶりの中から麺が飛び出し、三人の体に巻きつく。
「う!」
『このまま骨をへし折ってくれるわ!』
 ぎりぎりと体に食い込む麺の感触に、ブラックは恐る恐るブルーを見た。ネオロイザーの体は忠実にラーメンを再現しており、そのどんぶりの中にはスープが入っているわけで、麺は見事にスープに絡んでいて…ブルーの仕立ての良いスーツに、素敵な染みを作っていた。
 ブルーが酔いの覚め切らないうつろな目で染みが広がるのを見ている。
 レッドとブラックはぞっとした。
 ネオロイザーより、そちらの方が怖い。
「おい、あんた死にたいのか!」
 ブラックがネオロイザーに向けて叫んだ。
『戯言を!』
 ネオロイザーが、ブラックの顔に麺を巻き付けた。
「ブラック!」
 レッドが叫ぶ。このままでは窒息してしまう。助けようと動きかけたレッドは、ブラックの動きに目を見張った。
 口の辺りが動いている。それに伴って、麺が明らかに減っていった。
 食べて…いる?
『な!?』
 ネオロイザーも驚愕していた。
 麺が徐々にブラックの顔から消えていく。
 ネオロイザーは、レッドやブルーを巻きつけていた麺も、ブラックへと注ぎ込んだ。
 それでも、見る間に麺が減っていく。
 やがて最後の一口をすすりこんだブラックは、口を動かしながら「うまい」と言った。
 そのまま、ぺろりと唇を舐めて、一瞬なにかを思案すると、ブラックはネオロイザーに歩をつめた。そのどんぶりの両端を逃げられないよう掴みこむ。
 これまでか、とネオロイザーが観念した。
 閉じようとする瞳をブラックが真剣なまなざしで覗き込む。
「あんた、地球は好きか?」
『は?』
 言われた言葉に、ネオロイザーは勿論、レッドとブルーも目を見開いた。
「いや、この際嫌いでもいい。人間も嫌いだな?俺とラーメン業界を支配しないか?スポンサーにはオレが話をつけてやる」
『な、なにを』
 ブラックはネオロイザーから目を離さないまま、手招きでブルーを呼んだ。
 呼ばれたブルーがため息をつきながら、歩み寄る。
「スポンサー?私ですか?」
 ブルーが、ネオロイザーのどんぶりに張られたスープに指を走らせた。唇を湿らす程度に慎重に舐める。
 即座にブルーは電卓を取り出した。
「このスープを地球で再現するには?もしくは貴方が日に量産できる限界数でも構いません」
『な?』
「いいから答えろよ」
 ブラックがどんぶりを握る拳に力を込めた。わずかにどんぶりにヒビが入る。ネオロイザーは慌てて答えた。「原価計算が」「利益が」「回転数は」矢継ぎ早にブルーが質問を重ねる。その度に電卓が叩かれた。
「あのう…」
 事の成り行きを見守っていたレッドが半ば呆然としながら、声をかけた。
「…なにしてるの?」
 ぴくりと二人の動きが止まる。今やネオロイザーは涙目になっており、どちらかというと二人が言葉のリンチをしているようにも見えた。
 ゆっくりと二人が振り向く。顔が嘘臭いほどの笑顔になっていた。
「人助けだ」
「そうですよ」
 あなたは店主でも探してきなさい、とブルーに言われ、レッドは店を出た。
 さすがに深夜の街は静まり返っていた。車の通らない道路に寂しさを感じながら、レッドはすぐに店主を見つけた。
 店主は、そばの路地で身を縮めるようにうずくまっていた。
「おじさん」
「太陽ちゃんか。無事か」
 レッドの姿を認めると、店主は駆け寄った。レッドの肩や腕に触れながら、大丈夫かと繰り返す。
「うん。ちょっと転んだだけだから。…それより、ごめんね」
 レッドの言葉に、店主は俯いた。
 まだ迷いを残しながら、それでも拳を作り、絞り出すように告げる。
「謝るのは俺のほうだ。ごめんな…なんとか、力になれたらって思ったんだけど…」
 震えを残す店主の様子を見て、レッドは店主が何を言おうとしているのかを察した。
「ううん。今まで、ありがとう」
 心からの笑顔と共に、レッドはそう告げた。
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