無敵戦隊シャイニンジャー

 そんなシャイニングロボが活躍する日は意外に早く訪れた。
 街中にネオロイザーが突如として出現したのである。ネオロイザーは、モグラを模したような外見で、人よりやや大きい程度の背の高さをしていた。身につけている甲冑がアンバランスだ。
 ネオロイザーの指示で、戦闘員が市民を襲う。逃げ惑う民間人に逆行するように、レッドがネオロイザーに向けて走り出した。
「そこまでだ!!」
 レッドが拳を掲げる。ネオロイザーが低い笑いを漏らした、その時である。
 地面が、揺れた。
 我先にと逃げていた市民も足を止めた。
 わずかな揺れは次第に大きくなり、やがて立ってはいられないほどになる。
 地面に膝をついたレッドは、コンクリートに亀裂が入っていくのを見た。と、同時に耳障りなエンジン音が辺りに響く。
「…え…?」
『な、何事だ!?』
 ネオロイザーが辺りを見回す。
 やがてドリルの先端がコンクリートを破壊して地上に現れた。あ、と思う間もなく、その全容が現れる。
 先端にドリルをつけた黒いボディの地下潜行車。戦車を数倍大きくしたような外観に見覚えがある。
「ブラック…!」
 レッドが驚くその目と鼻の先で、キャタピラが砕けたアスファルトに乗り上げた。
『な、なんだ!?』
 ネオロイザーが驚嘆の声を上げながら、自分に対して影を作る巨大な車体を唖然として見上げていた。
「あー、斜めになったまんまだな」
 車の中でブラックがぼやいた。スイッチを適当に押すが、動かない。椅子に固定された安全用ベルトから可能な限り手を伸ばす。隣に座りマニュアルを片手に見ていたブルーが、声をかけた。
「そのレバーを引けば、地面に対して水平の姿勢を取るそうですよ」
「あ、これか?」
 ブラックがレバーを引く。
 斜めの角度で地上に突出していた車は、次の瞬間、重力に引かれるように地面に密着した。

 ネオロイザーと、戦闘員達をつぶしながら。

 ある者は衝撃緩衝材のプチプチを潰すような音だったと言うし、別の者はなぜかイクラを思い出したと証言した。
 その場にいたレッドは勿論、逃げ惑っていたはずの市民も足を止めて呆然とその光景を見ていた。時が止まったようだ。
 衆人環視の中、空気の抜ける音がして地下潜行車の上部についた出入り口が開いた。ひょいとブラックが顔を覗かせる。
「お、なんだ。ジャストだったのか。ラッキーラッキー」
「結構良い出来でしたね。レッド、怪我はありませんか?」
 余裕そうな笑みを浮かべながらブルーが言う。
 しばらく、その場の誰も動けなかった。



 シャイニンジャー秘密基地に戻ったブルーとブラックを迎えたのは、仁王立ちの宮田主任だった。
 主任の刺繍の入った作業着はどこか機械油の匂いがした。トレードマークの黒髪をひとつに結んで、メガネの奥の瞳が怒りに燃えている。
「最ッ低や!!」
 メインルームで優雅に茶をすする二人の目の前で、宮田がテーブルを叩く。勢いで花瓶が揺れたのをブラックが受け止めた。
「あんたらなぁ、なんてことしてくれるんや!」
「お言葉ですが、市民にも我々にも犠牲者は出てませんよ。何をそんなに怒っているんです」
「犠牲なら出とるわ!」
 宮田はいきり立った。
「モニターで見とった長官はその場で昏倒しとるし、メカニック連中かてあれを見てぎょうさん熱を出しとるわ!」
「それは大変ですね」
 宮田の抗議をさらりとブルーが受け流した。
 二人の間に緊張感が走る。どちらも目をそらそうとはしない。それを横目で見たブラックが、一口茶を啜った。ずず、と場違いにも思える間延びした音がメインルームに響く。
 それに毒気を抜かれたかのように、宮田主任が嘆息した。
「…あんたの言うことにも、一理はある」
 けどな、と宮田は続けた。
「戻ってきたレッド君の顔見たか?それでも同じことが言えるん?」
 ぴくり、とブルーの眉が動いた。
 ブラックの茶を飲む手が止まる。
 厳しい視線を残したまま、宮田はメインルームを後にした。

 レッドはメンテナンスルームにいた。
 目の前に、磨き上げられたシャイニングロボの機体がある。鉄筋で組まれた足場からロボの顔を見上げて、レッドはため息をついた。
「…ごめんな」
 そう言って、ロボに触れる。初対面の時と同じ金属の質感。レッドはそれを慈しむように撫でた。
「ちゃんと使ってやれなくて」
 宮田主任を始めとするメカニック達の思いの結晶。正義のためのロボット。
 正しいことのために使うのだと、そう思って。
 レッドは知らずに唇を噛んだ。
『謝る必要はない』
 突如として、メンテナンスルームに響いた声にレッドは顔を上げた。ハウリングを時々挟むその声は、ロボから聞こえた気がしたのだ。
「でも…!」
 レッドは知らずに叫んでいた。そんなことあるわけがないと思いながら。しかし、レッドの予想を裏切って、ロボは答えた。
『彼等にも正義はあったろう。例えば、君が傷つくのを恐れたのかもしれない』
「…あ…」
 レッドは思い返した。
 怪我はありませんか、レッドとブルーが言ったのを思い出す。
「でも…」
 レッドは下を向いた。二人のやり方を、どうしても受け入れられない。けれど自分を案じたのもわかっているから責められない。やり場のない怒りが、レッドの中で渦巻いていた。
「でも…!」
 レッドの迷いを断ち切るようにロボが告げる。
『君達に正義があるのなら、私はいつでも力を貸そう…!』
「ロボ…!」
 レッドは顔を上げた。
 特殊合金で出来たロボの顔が、微笑んでいるような気がした。

「悪党」
 ぼそりとブラックが呟いたのを気にもせずに、ブルーはマイクのスイッチを切った。
「騙されるほうが悪いんです」
 涼やかな顔でブルーは告げた。尚もロボに語りかけるレッドを、鬱陶しそうに見る。その視線が言うほどには棘を含んでいないことに、ブラックは気づいていた。
 
「以後、敵の巨大化前のロボの使用は禁止、いいね!?」
 メインルームに張り紙をしたレッドがブラックとブルーに念を押す。ふわー、元気だねぇとブラックが呆れてみせる。ブルーがティーカップを傾けながら、尋ねた。
「でも、それで大怪我したらただの馬鹿ですよ」
 うん、とレッドは頷いた。
「でも、それがオレらの仕事じゃん。頑張ろうよ」
 ほがらかに笑うレッドに、ブルーは顔をしかめた。それを見たブラックがにやりと笑う。
 そして現在。シャイニングロボは、シャイニンジャー秘密基地のさらに奥に飾られている。ネオロイザーが巨大化する、その日を待ちながら。


〔Mission5:終了〕
Copyright 2005 mao hirose All rights reserved.