無敵戦隊シャイニンジャー

 野村長官の脈を診たステファンが、その手をそっとベッドの中に戻し、カーテンを引いた。
「よく寝てるわ」
 傍らの丸椅子に座ったレッドに声をかける。「良かった」と呟いたレッドは、静かに俯いた。腰掛けている丸椅子のふちを握り締める。
「オレ、…ダメだったな」
 後悔を滲ませるようにレッドは言った。
「信じなきゃいけなかったのに」
「そうねぇ」
 曖昧に頷いたステファンの首から下げた銀のチェーンがしゃらりと揺れた。チェーンから下げられた楕円の銀板達が重なり合った音を立てる。それに促されるようにレッドは顔を上げた。
「ステファン医師のそれって…」
「ああ、これ?」
 ステファンは、鎖を指に絡めた。
「軍の識別票。アタシが看取った人のね。本当は家族に返すものだけど…いない人もいるから」
 少し寂しげにステファンは微笑んだ。
「カイのもあるのよ」
「えっ!?」
 ステファンの言葉にレッドが驚きの声を上げた。
「言ったでしょ?戦場で会ったって。あの子軍隊にいたことがあるの」
「ブラックが…?」
 意外、というより想像もしたことがなかったとレッドは告げた。
「日本に徴兵制度はないものね。日常で暮らす分には戦地は遠い話だわ」
 だからあんたにはわからないかもしれないけど、とステファンは続けた。
「戦場では、一瞬の行き違いを二度と修正できないこともあるわ。謝りたくても、相手がもういなかったり、その逆だったりね。よく最後の言葉なんて言うけど、そんなもん残せる人間のほうが稀だわ。満足に死んでいくヤツなんてそうそういないの。だから、あんたが」
 言いながら、ステファンはレッドの額を指先で弾いた。
「あいつらを信じられなくて後悔しているのなら、二度と同じことをしちゃだめよ。何があっても信じぬきなさいな」
 額を押さえていたレッドがステファンを見上げた。片目をつぶるステファンに、ぱっと華やぐような笑顔を見せる。
「うん…!」
 その声は、カーテンの向こうで寝ている長官にも届いていた。
 
 医療ルームの白い天井を見上げながら長官もわずかに反省をしていた。書類を見て、一も二もなく彼等がやったに違いないと信じたこと。
 だが、レッド…。
 声もなく長官はレッドに語りかけた。瞳に涙があふれるのはなぜだろう。
 レッドの健やかさに救われる思いだ。ステファン医師の言葉も正論だろう。
 けれど。
 信じる人間は選ぶべきだと思ってしまう自分は汚れているのか。
 長官は自嘲を浮かべながら瞼を閉じた。きっと疲れてるんだと自分に言い聞かせる。
 長官の涙が一筋、頬を伝い白く洗い上げられた枕に吸い込まれていった。



 ブラックとブルーを模したネオロイザーが雄たけびを上げながら消滅する姿が、二人のマスクに映っていた。ニセモノの力は、本物には遠く及ばなかった。ブラックとブルーは、さして苦労することもなく、それぞれのニセモノを仕留めたのだった。
「馬鹿にしています」
 ブルーが変身を解かないまま嘆息した。
「ブルーとブラックっていうより、黄緑とドドメ色だったな。間違えるか?普通」
 ブラックが呆れたように同調する。と、ブルーが歩き始めたのに気づいた。いつもならさっさと変身を解いてしまうブルーが、スーツを纏ったままなのはなぜだろう。おかげで自分も変身を解き損ねてしまった。いぶかしがりながらも後に続く。街中で変身したままというのはひどく違和感があった。
「おい、どうしたんだよ…」
「今、ネオロイザーを倒したことはオペレーターが把握している程度です。しかし、そのオペレーターにも本物と偽者の区別は大してついていませんでした。と言うことは」
 今なら何をやっても偽者のせいです、と告げたブルーの足が銀行の入り口に差し掛かる。ブルーの体重を感じた自動ドアが開く。ブルーはそのまま奥へと進んで行った。
「え?」
 硬直するブラックをよそに、ブルーは腰から光線銃であるシャイニングブラスターを引き抜いて、天井に放った。
「手を上げろ!!」
 銀行のロビーに悲鳴が響き渡る。
 図らずも共犯になってしまったブラックは、これが夢ならなぁとぼんやり考えていたという。



 翌朝の朝刊は、シャイニングブルーとブラックを模したネオロイザーが銀行強盗をしたというニュースが一面を飾っていた。被害金額は2億円。支店長を脅し、金庫内の現金を全て持って行ったという。いやに庶民的なその手口に、世間の非難が集中した。
 その隣に、シャイニンジャーからの公式見解としてレッドのコメントが掲載されていた。
「オレ達を信じてほしい。あの二人は、絶対にそんなことしない」
 見出しを見たブルーが鼻で笑う。今朝の紅茶は、また格別の味だった。

 同じく朝刊を見ていた長官は、紙面に掲載されている防犯カメラの映像を凝視した。
 どう見ても、正真正銘のシャイニングスーツである。
 新聞を遠ざけてみたり、近づけてみたり、滅多にかけない老眼鏡をかけたりしてみたが、やはり見間違いだとは思えない。
 ごくり、と長官の喉が鳴った。
 これがあの二人だとした場合、まごうことなき犯罪である。犯罪ではあるが、ブルーとブラックのシャイニングスーツを着ることができるのはあの二人だけである。ということは…渦巻く思考をどうにか制御しながら長官は新聞を握り締めた。
 血走るほどに凝視して、それから。
 長官は新聞を見なかったことにしようと決めた。

 その日の夜、都内の某焼肉店では、呼び出されたレッドがテーブルについていた。
「どうしたの、急に」
 疑問を隠そうとしないレッドに、「いやぁ、ちょっとな」とブラックは頭を掻いた。
「普段ロクに飯食ってないんだろ。ま、食えよ」
 さあさあとせきたてるブラックを訝しる間に、次々と肉が運ばれてくる。確かに食生活は偏っている。質素、とでも言うべきか。目の前の物欲に負け、レッドは言葉に甘えることにした。
「そうだ、オレ、ちゃんと謝ってなかったよね。ごめん」
 肉を焼きながらレッドが言った。
「え」
 飯をかきこんでいたブラックが動きを止める。
「二度と疑ったりしない」
 信じるよ、とレッドが微笑んだ。
「おねーさん!ビール!大ジョッキね!ふたつ!」
 ブラックが間髪要れずに叫ぶ。
「ブラック、どうし…」
「まあまあまあまあ、飲めよ。な、レッド。飲もうぜ!」
 運ばれてきたジョッキをレッドに押し付け、半ば強引にかち合わせてから、ブラックはそれを一気に飲み干した。
「今夜は飲むぞ〜!」
「ブラック?」
 強引に笑い飛ばすブラックに押し切られるように、レッドはジョッキに口をつけた。
 ほろ苦いその味こそが、信頼の味であった。


〔Mission6:終了〕
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