無敵戦隊シャイニンジャー

Mission7:「ギンザ 参る!」

 それは、レッドが呟いた何気ない一言から始まった。
「ネオロイザーって、なんで攻めてくるんだろ?」
 聞いたブルーが経済誌から顔を上げ、煎餅を摘みながらオペレーターと談笑していたブラックは動きを止めた。
「なんでって、そりゃお前」
「知ってどうするんですか、そんなこと」
 答えかけたブラックもろとも、ブルーが切り捨てる。
「え、だって」
 知っておいたほうがいいんじゃ…と言いかけたレッドに、ブルーは畳み掛けた。
「お涙頂戴の事情があったらどうするんです?それじゃあどうぞって地球を渡すんですか?」
「そういうわけじゃないけど」
 言葉を濁すレッドに、ブラックが告げた。
「戦う理由ってのはそれぞれだろ。あちらさんにはあちらさんの事情があるだろうし。お前さんの場合は知らない方がいいと思うぜ?」
「じゃあブラック達は知ってるの?」
「全然」
「知りたいとも思いませんね」
「お前ら…」
 ある意味ドライな割り切り方をしている二人に、長官が絶句した。いや、頼もしいと思ったほうがいいに違いないと自分を説得する。
 しかし、と長官はレッドの言葉に考え込んだ。
 ネオロイザーはある日突然現れた。
 目的など告げられる間もなく、現在も侵攻が続いている。理由を問うより我が身を守るほうが優先だったのだ。あちらが攻撃をしてくる以上、和解など望むべくもない。
 彼等は地球を欲している。
 それは確かだ。
 しかし、なぜ――?
 長官は、一人静かに思案した。
 それは答えの出ない問いだった。



 地球に程近い宇宙空間。北極の大気圏上空にある宇宙船こそが、ネオロイザーの本拠地である。地球の宇宙船と大きく異なるその風体。全体の外見はカブトガニに似ている。質感は金属ではなく、生き物の皮膚を思わせた。地球上の生き物で言えば爬虫類に近い。時折脈を打ち振動する宇宙船は、まるでそれ自体がひとつの生命であるかのようだ。その長い尾が、地球へと向けられている。大気圏を通過した尾の先は地球の上空に留まっており、そこからネオロイザーは各地へと飛来する。
 内部は腸を思わせる陰湿さだった。生物的に蠢く湿った壁面、床だけがコーティングを残されており、歩くに耐える。かつては銀と白の美しき外観を誇った船の名残の欠片すらない―――ギンザはわずかに眉をひそめた。人型の体にあつらえた銀の甲冑が動きに合わせて揺れる。白銀の髪がそれに合わせてなびいた。本国の騎士の証たる長髪。仕える家の系譜の色に合わせた髪留めのリボンは血のような赤をしていた。耳から下げた六角形のイヤリングは、その家の家紋を象っていた。甲冑から伸びるマントは鮮やかな白である。ギンザは大股に歩き、目当ての部屋をノックした。
「リンゼ様」
 返事が無いのは承知している。けれど、ギンザは呼びかけた。それは染み付いた習慣だった。
 しばらく待ち、やはり返事が無いことに何度目かの落胆を覚えながら、ギンザは開錠のパスを入力した。空気の漏れる音と共にドアが上下に開く。船全体を覆う生物の侵食から唯一逃れたその部屋は、ドーム状をしていた。膝丈程度の白い壁面以外は球状の透明板がはめこまれ、宇宙空間を映し出している。床一面に植えられた枯れることのない花々が、白い花弁を誇らしげに開いている。その芳香に、ギンザは初めて安堵を覚えた。この宇宙船の中で、この場所だけが唯一、空気が澄んでいる気がしたのだ。
 埋もれるような花の中に、その少女はいた。
 入ったギンザを見ようともしない。年は人間で言えば16歳程度だろうか。置かれた椅子に座った人形のように、無感動にただそこにいた。可愛らしい顔立ちは表情に乏しく、ウェーブのかかった髪に花弁がついており、桜色をした唇はうっすらと開いていた。
「リンゼ様」
 ギンザが歩み寄る。背後でドアが上下にかみ合って閉じた。少女はうつろに中空を見たまま、ギンザに答えようとはしなかった。
 ギンザが床に左膝をついた。左手をその腿に乗せ、右手を床に着く。頭を垂れ、臣下の礼を取ると、ギンザは少女に告げた。
「閣下のお呼びがかかりました。ギンザ、行って参ります」
 ざわり、と室内の空気が揺れた気がした。花々がさざめいて、少女の髪が舞った。
 しかし起きたのはそれだけで、少女の唇から言葉が漏れることはなかった。
 ギンザは頭を垂れたまま、静かに唇を噛んだ。
 少女の、リンゼの表情が本来ならばとても明るいものだと言うことを、彼はよく知っていた。よく笑う少女だった。優しく、誰にでもわけへだてなく。
 
 ネオロイザーの本星では徹底した身分階級制度が引かれていた。階級を飛び越えることなどありうるはずもなく、唯一可能性があるとすれば、剣士・戦士としての道だけだった。ギンザが剣一本で己を立たせようと決意したのは、彼が間もなく成人する頃だった。しかし、後ろ盾のない彼は闘技場に参加することすら困難であった。
 何件目かの貴族の家で門前払いを食らった時だった。雪が降っていたように思う。
 蹴りだされた勢いで、路傍に転び、泥だらけになりながらギンザは叫んだ。
「頼む!一振りでいい!剣の腕を見てくれ!」
「うるせぇ!お館様は忙しいんだ!帰れ!」
「くそ!」
 門番に鼻先で門扉を閉められ、ギンザが呻いたその時だった。
 横から、静かにハンカチが差し出されているのに気づいた。
 ゆっくりと顔を上げる。
 そこに、まだ子供だったリンゼがいた。
 一見して貴族の娘であると知れる良い身なりをしていた。後ろで侍女らしき娘がリンゼに向けて傘を傾けている。まるで世界が違うのだと、ギンザは思った。
「どうぞ」
 にこやかに笑ったリンゼは、そのままギンザの面倒を見た。彼女は剣術のことはわからないと言った。それでも、自分に手伝いが出来るなら、と。
 リンゼの期待に背かぬよう、ギンザは剣士としての道を駆け上がった。
 競技を重ねるたびに階級を上げ、名声を掴んだ。けれど彼は、他家からの引き抜きや王国の騎士団の勧誘さえも首を振った。
「私には、リンゼ様がおりますので」
 それを恋心だと揶揄する者もいた。けれど、そうではない。
 ギンザはあの日、決めたのだ。
 この人を一生守るのだと。
 この笑顔を守るのだと。
 表情の消え去ったリンゼの顔を見て、ギンザは再び唇を噛み締めた。

 あの日も、雪が。
 この白い花びらのように舞って。
 回想とは残酷なものだとギンザは思った。思い出が鮮やかであればあるほど、現実がやるせない。
 再び表情を変えることのないリンゼに、ギンザは告げた。
「ギンザ、参ります」
 そう言って踵を返す。
 白いマントがばさりと翻った。

 リンゼが表情を失った理由はわからない、けれど―――あれは、治せると言ったのだ。他の誰にも出来なくとも、自分には出来ると。
 足音を響かせて歩くギンザの表情は怒気を孕んでいた。
 そうでなければ真っ先に切り捨てているに決まっている…!
 壁が動いた。あれが息づいているのだと、ギンザはただ嫌悪感を覚えた。
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