無敵戦隊シャイニンジャー
シャイニンジャー秘密基地に全くそぐわないものと言われれば、誰もが首を傾げた。フリーターやサラリーマン、坊主が出入りしているこの基地に、さらにそぐわないものを上げよと言われても思考が働かない。
それでもそれを見た時、誰もが振り向かざるを得なかった。
白いルーズソックスにパンツの見えそうなチェックのスカート。白いシャツの上のベストは紺で、襟に巻かれた同色のネクタイには校章が染め抜かれている。
肌の色艶が若さを強調し、明るい髪の色と浮き足立つような身軽さがそれに拍車をかけていた。
女子高生、である。どう見ても。
はじめ目撃したメカニックは、数秒後にそれを思い出し奇声を上げ、宮田主任から「そんなことあるわけないやろ」とたっぷりと絞られた。次に目撃した医療スタッフは、慌ててステファン医師に報告するも、「薬のやりすぎはよくないわ」と強制人間ドックコースと相成った。
そんなことは露知らず、問題の女子高生はメインルームに到達した。
身軽な体重を受けて、ドアが開く。
「こんにちは〜!レッドさんいますぅ〜?」
モニターを見ていたブラックとブルーが振り返った。メインルームの入り口に女子高生が立っている。女子高生の赤みがかったショートヘアがくるんと揺れた。
「今はいませんよ。外に出てます。あなたは?」
絶句しているオペレーター達に代わって、ブルーが静かに尋ねた。辺りを珍しそうにきょろきょろしていた女子高生が、口を開く。
「あたし、野村美沙!お父さんの職場ってどんなかと思ったら、へぇ〜」
「お父さん…?」
ブラックが顎を掻いた。野村、野村…と呟いて、そこに思い至る。
「ええっ!?長官の娘かよ!?」
「そーでーす!」
はいはい、と嬉しそうに手を上げる美沙に、「ここのセキュリティはどうなっているんでしょうね」とブルーが嘆息した。ブラックが「危ねぇ、手ぇ出すとこだったぜ」と冷や汗を拭う。
「子供の遊び場じゃありませんよ。なにしにきたんです」
「レッドさんに会いに来たんですぅ」
「レッドに?」
そう!と感激を握り締めるかのように、美沙は両手の指を組んだ。
「こないだカマキリ型のネオロイザーが出たとこに、あたしそこにいてぇ、もう超怖くって動けないようって思ってたら、レッドさんが来てくれて!」
レッドが助けてくれた瞬間を、美沙は今も覚えていた。
学校帰り、いつもの通学路。突然現れたネオロイザーに逃げ惑う人々に押されて、美沙は転んだ。痛みと恐怖で動けなかったその時、助け起こしてくれたのがレッドだった。
『大丈夫?』
気遣うように差し伸べられた、その手。その感触を美沙が忘れることはなかった。
「だから、レッドさんにお礼言いたくて!」
「いらないと思いますよ」
ブルーが帰れと言わんばかりに紅茶のカップを手にした。
「なんでよ!?」
「あの人はそこにいるのが誰かなんて気にしないんです。そこにいたのが、あなたでなくて別の人間でも同じ事をしましたよ」
「そんなこと…!」
美沙は思い出した。美沙を助け起こして、直ぐ後にレッドは老婆に同じ事をしていた。「ごめん、このおばあちゃん、一緒に連れて行ってあげて」と頼まれたのは、美沙だ。
でも。
美沙は思った。
シャイニンジャーは民間人から選ばれた。「俺じゃなくて良かったよ」と担任が冗談めかして言ったのを、クラスで笑ったこともある。
レッドは未成年だ、と父親が深刻そうに母親に言っているのを聞いてしまったこともあった。美沙と、たいして年も離れていない。そんな少年を戦地に赴かせていいのだろうかと。
それらひとつひとつを美沙は覚えていたわけではなかった。
けれど、レッドに会った瞬間、全てが鮮明に思い出されたのだ。
『早く逃げろ!』
彼は一瞬もためらわずにネオロイザーに向って行った。
どうして…?
美沙は、レッドの背中を愕然と見つめた。
どうして、それが出来るの?
美沙と、あの人と、なにが違うの…?
会話は二言。掠めるような出会い。それは十分に美沙に衝撃をもたらした。
「とにかくっ!私はレッドさんが来るまで待ちます!」
頑なに言い張る美沙にブラックが腰を浮かせた。仁王立ちに近い状態の美沙に、まいったなとぼやいてみせる。
「いやいやいや、そりゃまずいだろ」
帰ったほうがいい、とブラックが美沙の背を押した。
「ちょっと、なにすんのよ!?」
「どうせここに来たのも長官にゃ内緒だろうが。今は長官外してるからいいようなものの、戻ったら大目玉だぞ、お前…」
ブラックが言い終わらないうちに、空気が抜ける音がしてメインルームのドアが開いた。
「あ」長官の姿を認めたブラックが絶句する。
「おとーさん!」
長官はそこに娘がいることに目を見開き、さらにブラックがその肩に手をかけていることに驚愕した。
「美沙…?なにしてるんだ…?」
「おとーさあああん!」
美沙はブラックの手をすり抜け、長官に駆け寄った。ぐすぐすとわざとらしい泣きマネを始める。
「あの人がっ、いいことするからあっちに行こうって…!」
「え」
美沙の言葉にブラックが硬直する。怖かったようとの畳み込みに、長官が顔を上げた。己の不利を察したブラックが青ざめる。
「え、ちょ、違…!」
フォローが面倒なブルーは、ブラックの断末魔の声を聞きながら紅茶を啜っていた。
気に入りの経済誌を広げたところでオペレーターが叫ぶ。
「ネオロイザー反応!座標180.65.79.111!」
「…よ、様子が変、です」
続くナナの声に、ブルーが顔を上げた。
「変、とは?」
「あ、あの…」
おずおずと振り返ったナナより早く、他のオペレーターが告げた。
「これまでのネオロイザーと違って、まるで動きがありません。そこにいるだけです。今、モニターに映します!」
メインルームのモニターにその姿が映される。長官もブラックも動きを止めた。美沙もモニターを食い入るように眺めている。
場所はどこかの採石場のようだった。
人気がまるでないその場所に、人型のネオロイザーが立っている。
銀の甲冑に白いマント、長い白銀の髪が風にあわせて揺れた。毛先をまとめている赤いリボンだけが色彩を添えている。
「結構カッコイイかも」
その顔を見た美沙がぼそりと呟いた。「俺のが上だろ」とブラックが言う。
ネオロイザーはしばし沈黙していた。やがて、瞼を上げるようにしてカメラを見た。
「衛星の監視に気づいた…?馬鹿な!」長官が叫ぶ。
静かにネオロイザーの唇が開く。
メインルームに緊張と静寂が満ちた。
「我が名は、ギンザ」
身の丈ほどもある大剣を抜き放ち、ネオロイザーは告げた。
「この地でシャイニンジャーを待つ」
初の宣戦布告だ。長官は戦慄した。
「これ、行かなきゃいけないんですかね」
面倒そうにブルーが告げた。映画か何かを見るように、クッキーを頬張りながら紅茶を飲んでいる。
長官は別の意味でも戦慄した。
〔Mission7:終了〕
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