無敵戦隊シャイニンジャー

 ギンザの一振りにブラックの顔色が変わった。
 シャイニンジャー秘密基地のメインルームでモニターを見ていたステファンと長官の表情も変わる。
「まずいわね」
「ああ」
 ナナはその会話を聞きとがめた。
「え?」
 二人の顔から余裕が失せていた。あれほど深刻な顔をしてモニターを見る長官は初めてかもしれない。いつもブラックやブルーの行動に不安げな表情を隠さない長官が、その気配を微塵も見せない。生死以外の雑事に気をとらわれることが出来るのは、余裕があるからだ――。ナナは初めて気が付いた。
 同時に、ここが最前線であることも。
 ステファンが横の内線に手を伸ばした。モニターから目を離さないままにメンテナンスルームにコールする。
「あたしよ。オペの準備を。輸血も用意しといて。あいつらの血液型それぞれ分ね」
 まだ誰も怪我をしていない――ナナは叫びたかった。
 キーボードを打つ手が震える。
「とてもまずいわ」
 ステファンが重ねて言った。
 その隣に顔色を失った宮田の姿が見えた。薄紫色の作業着のまま、宮田は呆然とモニターを見ていた。シャイニンジャー3人と対峙するネオロイザー、その姿に見覚えがある。
 ギンザ…!
 まだ早い、と宮田は呪った。何をかはわからない。時間かも知れないし、巡り合わせかもしれない。運命、と呼ぶものかもしれなかった。
 まだ早い。彼らはギンザと対峙できるほどには成長していない…!
 拳を握る。軍手の繊維が裂ける音がした。力の加減が出来ない。
 行くか?自分が?宮田は葛藤した。
 ギンザの力は知っている。宮田が敵うはずもない。けれど彼らを連れ帰ることは出来るかもしれない…!
 宮田の様子に気付いた長官が一人呟いた。
「気にするな」
 宮田が驚いたようにそちらを見る。長官は、モニターから目をそらさずに小声で告げた。
「あいつらがやる」
「やれるかしら?」
 ともすれば宙に消える誰宛でもない言葉をステファンが拾った。唇はいつものように微笑んでいる。
「民間人がなぜ余裕ぶっこいて戦ってこれたか?答えは簡単。相手も同レベルだったから」
 その額にわずかに汗が滲んでいた。モニターのギンザを見たせいだ。
「レベル三段上げ、どころじゃないんじゃない?」
「そうだな」
 長官が静かに組んだ腕に顎を乗せる。彼は瞬きもせずに画面を見つめた。

「お前ら、下がれ!」
 ブラックが叫んだ。同時にギンザの斬撃が飛ぶ。咄嗟にブラックが二人を突き飛ばした。
「ブラック!?」
 抗議する二人の眼前で大地が裂ける。ブラックは、光の粒子で出来たシャイニングソードでその刃を受け止めていた。
「む」
 ギンザが眉を寄せる。
 ブラックの体を支える踵、その重量に耐えられずに地面が陥没していく。乾ききって固いはずの地面が粘土のような柔らかさを錯覚させた。
 まずい。
 ブラックは思った。刃を合わせているからわかる。力の差が、違いすぎる。今だって、ブラックが全力を出しているのに対し、ギンザにはまだ余裕があった。あと一呼吸、ギンザが息を吸い力をこめればブラックは力負けするに違いない。自分だって大柄の部類で体重も筋力もそれなりにあるんだがな、とブラックは思考した。
 合わせた刃先からひしひしと感じる。
 生き物としての質が違うのだ。
 細胞の一つ一つ、ゲノムの1レベルに達するまでなにもかもが違う。
 スーツはこの力に耐えている。だがそれを纏う自分の筋肉が、軋むような悲鳴を上げていた。
「ブラック!」
 叫んだレッドが駆け寄ろうとした。ブルーがそれを制する。
「駄目です、我々では役に立たない…!」
「でも!」
「彼が役に立たないと判断したんです!」
 ブルーの強い口調にレッドの動きが止まった。
『カイは戦場にいたことがあるのよ』
 ステファン医師の言葉を思い出す。ブルーの言葉はそれを踏まえてのようだった。
「ブルー、知って…?」
「素行調査はしましたよ。もちろん、あなたのも。でなきゃ命預けて戦えるわけがないでしょう。得体の知れない民間人と共になんて。まあ、あなたのは多大な不安を増加させるだけでしたが、彼のは」
 ブルーはギンザと対峙しているブラックを見た。
「中東から南米にかけて何箇所かの戦場を経験していますね。傭兵としての戦歴はまずまずでした」
 自ら戦場に行くこと自体理解しがたい、とブルーは告げた。「ですが戦闘経験なら我々より断然上です。緊急時の判断は彼に任せるべきです」
「だからって、見てるだけなんて…!」
 レッドが抗議する。ギンザが息を吸い込んだ。その筋肉に信号が伝わり、弛緩した瞬間を見逃さずにブラックが身を引く。ギンザの刃が宙を切った。
「ブラック!」
 ブラックの劣勢を察したレッドが駆け出す。
「レッド!」
 ブルーの声に、ブラックが振り向く。

 一瞬、だった。

 振り向きかけたブラックの前を閃光が走る。
 ギンザから目をそらしてはいけないと、我に返ったブラックが向き直った時には、もう遅かった。
 衝撃と共に火花が走る。ギンザの刃が、正確にブラックの体を捉えていた。地球上のあらゆる物体衝撃テストに耐え抜いたスーツが引き裂かれる感触がする。スーツの繊維、その一つ一つが途切れるたびに、電子回路がショートした時のような小爆発が起きた。
 ああ、これは布ではなく科学技術の結晶なのだとブラックは改めて実感した。
 普段は気にしなかった。身に付けている実感がないほどに軽く、皮膚の一部のように体に浸透していたからだ。構成理論は聞いた気がする。宮田主任が何度も話してくれたにも関わらず、さして重要ではなさそうだと判断して右から左に聞き流してしまった。
 1人1着のスーツ。
 自分達はそれに選ばれたのだと。
 感慨はなかった。
 ただ、ああそうかと思って、それだけだった。
 そのスーツが今、破壊され重さを増す。しかしその重さが肌にのしかかる前に、スーツは溶けるように消滅していった。
 シャイニングスーツが壊れていく!
 それを視界の端で確認したブラックに、ただならぬ喪失感が押し寄せた。

 これは血であり、肉だった。

 失くして初めてわかるほど、自分に馴染んでいたのだ。


「ブラックさん…!」
 ナナは、声も出ずにモニターを見ていた。
 ブラックのスーツが消えていく。いつもの黒の作務衣、それすら裂け、光の中なびいているのは布ではない。血なのだ。
 数珠が弾け飛ぶ。
 ナナにはそれが、ブラックの命の象徴に思えた。


「ブラック!」
 レッドがブラックに駆け寄った。
 すでに変身が解けたブラックを支えるように抱きかかえる。その手に、ぐっしょりと血の感触がした。血の気の失せた表情のブラックは、呼吸をしているのかどうかすらわからない。
「ブラ…」
 レッドが絶句する。その目の前にギンザが立ちはだかった。大剣を振りかざす。ブラックを抱いたまま、レッドは呆然とそれを見上げた。
「弱い」
 ギンザの瞳がレッドを見下ろす。戦地での忘我。なんと愚かなことか。
「そうですよ」
 ブルーが答える。己の甲に光線銃であるシャイニングブラスターを当て、ブルーは引き金を引いた。シャイニングスーツに反射したブラスターの強烈な光が、辺りを包む。
「くっ」
 目をくらませたギンザが怯んだ。その隙に、ブルーがブラックを抱えたレッドの腕を引く。
「おのれ、逃げるか!」
 ギンザは剣を振るった。
 衝撃で光のシャワーが途切れる。

 現れた世界に、人の姿はなかった。
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