無敵戦隊シャイニンジャー

 シャイニンジャー秘密基地は騒然としていた。
 ブラックを連れ戻った二人に医療スタッフがストレッチャーを持って駆け寄る。
「手術室へ!早く!」
 ステファンが叫んだ。
 変身を解いたまま呆然とするレッドを尻目に「あんたもよ」とブルーの手を引く。
「え?」
 レッドはそこで初めて、ブルーが怪我をしているのに気づいた。ずっと自分の後ろにいたから気にしなかった。ブルーは、ギンザの最後の斬撃、その衝撃波からブラックとレッドをかばってその身で受けていたのだ。
「たいしたことありませんよ」
 言った傍からブルーの額に血が流れる。引かれた腕の痛みに呻いて、ブルーは顔をしかめた。
「馬鹿、医者はアタシだけじゃないわ。ちょっと、これも運んで!頭と腕、背中!嫌だっつってもひんむいて治療して!」
 ステファンがブルーを傍のスタッフに押し付ける。抵抗する気力がないのか、ブルーはされるがままだった。
「ブルー」
 駆け寄ったレッドに、ブルーが口を開いた。
「怪我は」
「え」
 まるでいつものブルーらしくない、疲れきったような声だった。
「怪我は、ありませんか?」
 ざわざわと辺りが騒がしい。医療スタッフが怒鳴りあうように声をかけながらブラックを運んでいく。ストレッチャーの音がスタッフの足音と共に遠ざかる。マスコミ対策の声明はどうする、と管理部が長官に詰め寄っていた。全く収拾もつかないほどにあちこちで声が飛び交っている。にも関わらず、その言葉は真っ直ぐにレッドに届いた。
 レッドはしばらく呆然とブルーを見つめていた。
 ブルーの額に当てられたガーゼに血が滲む。言わなければならないたくさんの言葉が、そこに吸い込まれている気がした。
「…大丈夫」
 レッドはそれだけをようやく言えた。
 そうですか、とブルーが答える。
「さあ、こっちへ」
 医療スタッフがブルーを促す。
「あ…」
 レッドがついて行こうとした時、美沙が後ろから抱きついた。
「レッドさん!」
「美沙ちゃん」
「良かった、良かった、無事で良かった…!」
 美沙がおいおいと声を上げて泣き始める。「死んじゃったらどうしようかと思った!怖かったよ…!良かった」
「み、美沙ちゃん…」
 人目を憚らずに泣き出す美沙を持て余しながら、それでも心のどこかが落ち着いていくのを、レッドは感じた。

 医療ルームの手術室では、ブラックの心音を示すモニターが点滅していた。
 手術着のステファンが、メスを持つ。麻酔を受け眠るブラックに語りかけるように呟いた。
「さあ、死なせないわよ。カイ」
 
 手術室の前では、時田ナナがただ祈っていた。
 手を組んで、ただひたすらに祈っていた。それしか出来ることはなかったから。ブラックと会話をする時間はとても短く感じるのに、今は一分一秒が長かった。
 2時間もした頃、長官が現れた。
「様子はどうだ?」
「あ…ま、まだ…」
 そうか、と言って長官はナナの隣に腰掛けた。所作がいつもより投げやりなことにナナが気づく。長官の顔にも疲労が滲み出ていた。
「長官…」
「ああ、そうだ。これを持っていてくれ」
 長官が思い出したように取り出したそれは、ブラックが常日頃首から下げている数珠だった。ほつれた糸がところどころ不器用に結び直してある。
「レッドが拾いに戻ったそうだ。消し飛んだ分はわからんが…ほぼ全部あるだろうと」
 ナナはそれを手にした。
 まだ熱い。
 熱を持った珠は亀裂が入ったり、欠けたりしていた。そして。
 文字が書いてある。
 墨痕の鮮やかさに、それが自身で書いたものだと知れる。ブラックはこんなに綺麗な文字を書くのかと、ナナは思った。
 はじめ、経文かなにかだと思った。
 けれど違う。
 凛ちゃん、ユキちゃん、しのちゃん、玲ちゃん、櫻子ちゃん、たばさちゃん…ひとつの珠にひとつずつ、女性名と電話番号、メールアドレスらしきものが書いてあった。日付は誕生日だろうか。
「ま、あいつらしいな」
 長官が苦笑する。ナナもつられて微笑んだ。と。
『ナナちゃん』
 名前以外空白のそれを見つけた時、ナナはなぜか涙があふれるのを感じていた。


 メカニックルームからやや離れた休憩場所に、ブルーはいた。缶ジュースを手渡された宮田主任が、ブラックについていなくていいのかと問う。
「私に出来ることはありませんから」
「そやかて。…レッド君は?」
「トレーニングルームに篭ってますよ。馬鹿というかなんというか」
 ふう、とブルーがため息をついた。それだけで頭の傷が痛むのか顔をしかめる。
「あんたはいかんでええの?」
「私はそういうタイプではないので」
 デスクワーク派なんです、とブルーは言った。
「だから話してもらいますよ。ネオロイザーについて、貴女が知る限りの全てを」
 凍てつくように自分を見下げるブルーの瞳を、宮田は正面から見返した。


〔Mission8:終了〕
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