無敵戦隊シャイニンジャー

Mission9:「事情・理由・過去の語り部」

 休憩場所のベンチ、缶ジュース片手に会話する二人は、リラックスしているように見えたかもしれない。実際わずかに和んでいた雰囲気は、ブルーの一言によって失せていた。
 言い知れぬ緊張感が辺りを包む。
「あたしの知っとることか」
 宮田が呟いた。手にしている缶ジュースに口をつけ、言葉を探す。
 ブルーはそれをじっと見つめていた。思案していた宮田が、口を開く。
「大してないで。あたしもようわからんことが多い」
 ただ、と宮田が続けた。

「あれが来てから全てがおかしくなったんや」


 ギンザは船に戻っていた。ネオロイザーは移動に転移装置を使っている。座標を打ちこんだ場所に瞬間移動が出来る装置だ。ギンザの場合は、六角形のイヤリングがそれだった。
 胎動する壁を横目に、通路を早足で歩く。
 目指すは中央司令室。
 あれが、待っている。
 船内の空気は重く濁っている気がした。かつて白銀のボディを誇った船が、胎動する壁に見る影もなく侵蝕されている。いつからこうなったのか、思案しようとしても霞がかかったようにうまく頭が回らない。そうこうするうちに、思案しようとしたこと自体を忘れてしまうのだった。

 現在地球上空にあるネオロイザーの宇宙船を、地球側は空母的な役割を果たすものだと考えていた。しかし、事実はそうではない。元は、旅船だったのだ。
 彼らは旅をしていた。
 それはほんの一時の観光であり、帰るべき場所のある旅だった。階級別にエリアが区分された船は美しい曲線の滑らかなボディを誇り、彼らの言葉で「誇り高き馬」を示す名前をしていた。ギンザもリンゼも宮田もその中にいたのだ。
 予定のコース通りにあちこちの星雲を巡り、銀河系に入った頃だった。
 宮田は今も覚えている。メカニック達を管轄していた彼女は、報告のためにメインブリッジにいた。船長と会話をしている時、通信士が悲鳴のような声で叫んだ。一瞬何が起きたのかわからず、けれど、続く声に言葉を失った。
「母星…消滅…!」
 周りのスタッフ達は初め冗談だと受け取った。笑いながらもっと冗談は上手く言うものだと通信士の肩を叩き、その画面を見て絶句した。オペレーターたちが顔色を変えて席に戻る。コードを変え、信号を送り続けても、母星からの返答はなかった。
「なぜ?」「隕石だ。母星を砕いてまだ飛んでいる」「そんな馬鹿な!」「なにかの間違いだ!」「嘘よ、嘘、嘘…!」
 狂乱に陥りかけたメインルームに、船長の声が響いた。
「落ち着け!取り乱すな!」
 我に返ったオペレーター達は、涙ぐみながらモニターを見つめていた。
 船長が静かに宮田に語りかける。
「エネルギー残量は?」
「もうコースも終盤や。母星に戻る程度しか残っとらんで。ま、新しい星探すなら2年以内やな」
「そうか…」
 思案深く船長は言った。人型のネオロイザーである彼は、好んで年寄りの外観をしていた。そうすれば少しでも知恵を多く搾り出せそうなのだと言った彼に、宮田は好感を持っていた。仕事に相対する姿勢が、似ていたのである。
「まだ、お客様には伝えるな。我々で打開策を考えてから、最小のショックで済むような伝え方をせねば」
 
「そこまではよかったんや」
 宮田は呟いた。
 思い出したのか、唇を小さく噛む。
「そこまでは」
 ブルーは静かに宮田の言葉を聞いていた。

 やがて船長は、乗り合わせた人々に母星消滅のニュースを知らせる決意をした。これといった打開策は見当たらなかった。燃料が尽きる前に、どこか適当な星を見つけなければならない。誇りを持って乗り切ろうではないか、と伝えると船長が言うと宮田はその背を押し励ました。船内がパニックになる可能性を考えて、宮田はエントランスに出た。自分でも少しは抑えられるだろうかと思いながら。
 船長の緊急放送が始まる。
 優雅な宇宙の旅を楽しんでいた人々は、突然の悲劇に動揺を抑え切れなかった。
 そして――――――
 人々の心に空白が出来た瞬間、「それ」が現れた。
 忘我し、泣き叫ぶ人々、その慟哭の合間。「それ」は間違いなく、そこに居合わせてた全ての人々の心の隙間に入り込んだのである。
 宮田は、それを見た。
 呆然とした人々が、次の瞬間凶悪な笑みを浮かべる。それに呼応するように、船長は続けた。
「幸い、直ぐ傍に我々にふさわしい星がある。今はヒト、という種族が暮らしていますが、緑豊かな土地です。名は地球。あの星は、我々にこそふさわしい!そして我々にはその力がある!!」
 怒号のような歓声が船を包んだ。
「な、なにいうとるんや!」
 宮田が船長のいるメインブリッジに駆け込む。瞬間、宮田は目を見開いた。
 白銀の美しい機体を誇った『誇り高き馬』。
 メインブリッジも白で統一され、パネルの黒いつなぎ目に時折走る電子光が好きだった。 今は、その影もない。
 メインブリッジ全体が土気色の物質に覆われていた。湿った質感が皮膚を思わせる。息づくように震える壁面に、宮田は思わず後ずさった。
「なんやこれは!」
 宮田の声に、オペレーター達の誰も反応しなかった。何事もないかのように淡々と業務をこなしている。あれだけ動揺していたのが嘘のようだ。宮田の視界に、船長が映った。
「あんた、なんやこれは!さっきの放送、何言うて…」
 宮田の言葉は最後まで続かなかった。
 船長が振り返る。その皮膚が、見る間に土気色になっていく。やがて壁面と同じような黒味を帯びた黄土色になると、その背が胎動し始めた。
「ア…ア…」
 口から紡ぎだされる声は最早かつての彼のものではなかった。ひび割れ、なにかが喉の内にこもり、えづいたようにも思われる。
 宮田は、ただ呆然と見ていた。
 理性を尊み知性を愛し、老人の姿をしていた船長の背が大きく膨らみ、割れた。飛び散った体液が瞬く間に収束していく。彼はもう一度、自分の姿を成そうとしていた。
 濁った音を立てながら形成されていく彼は、しかし、すでに別のものだと宮田は思った。
 じり、と後退する宮田を、船長が見た。
 その濁りきった瞳に自分の姿が映される前に、宮田は駆け出していた。

「それから、小型の船艇に乗って船を出たんや。振り返って見たら、船があれに呑まれとるところやった。きれーな船やったのにな。あれが一面に侵蝕して…」
 忘れられへんわ、と宮田は言った。
「なにが起きたのかなんてわからへん。ただ、皆変わってしもうた。本来あんなに戦闘を好む種族じゃないんやで」
「…それで合点がいきました。なぜ、戦闘能力が民間人レベルのネオロイザーがいるのかと思ったのですが」
「身分制度の一番下っ端のほうやな。きっと」
「他には?」
「なぐさめは?」
 言葉を止めたブルーを、宮田がチラリと見た。
「大変でしたね、とか言わへんの?」
「大変でしたね」
「棒読みで言うなや!」
 宮田がブルーの肩を叩く。と、痛みが走ったのか、ブルーがうずくまった。
「あかん!大丈夫か?」
 小刻みに体を震わせるブルーに宮田がうろたえる。他のスタッフがいないかと周囲を見渡した。
「…すみませんね」
 ぼそりとブルーが呟く。宮田は振り向いた。
「同情しているような余裕がないんですよ。こちらも必死なもので」
 うっすらと額に汗を滲ませたままブルーが告げる。シャツの袖口や額に巻かれた包帯が痛々しい、と宮田は目を細めた。
「なんやそんなん。気にせんでええに」
 あたしは故郷に執着のあるタイプやないんやと宮田は言って、駆け出した。
「人呼んでくるさかい」
 ブルーが止める間もなく、その姿が遠ざかっていく。
「気にしませんよ…相手が、貴女でなければ」
 その背に向けて、消えそうな声でブルーは呟いた。
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