無敵戦隊シャイニンジャー

 行きと同等の時間をかけて基地に戻ったナナを迎えたのは、ステファン医師の罵声だった。
「あんた、いい加減にしなさいよ!」
 恐る恐るメンテナンスルームを覗き込む。
 怒るステファンの眼前、白いベッドの上に座るブラックが、どんぶりを抱えて飯をかきこんでいる姿が見えた。脇にはすでに食べ終わったらしい器がいくつか盛られている。傍らには長官、レッド、ブルーがどこか呆然と立ちすくんでいた。
 目を丸くしているナナに、ステファンが気づいた。
「あら、お帰り」
「ひょう、ナナふぁん」
 飯を咀嚼しながら、ブラックが声をかける。手術後の青白さが嘘のように、血色が良かった。
「え…ブラックさん…?」
「目を覚ますなり腹が減った、流動食なんか食えるかと、うな重をねだったんですよ。心配することはなさそうです」
 真面目に心配した己を悔いるようにブルーが嘆息する。
「でも、元気でよかったよ」
 およそ怪我人にふさわしくない感想をレッドが述べた。
「あたしは止めたのよ。内臓を損傷してるのに、そんなに重い食べ物、体によくないわ。後で助けを求めたって知らないからね」
 拗ねたようにステファンが言い捨てる。ブラックはあくまで食べる手を休めずに、ステファンに言い返した。
「どうせ内臓やってんだ。何食ったって、腹下るじゃねーか。同じ腹壊すなら自分の好きなモノ食うぜ、俺は」
「言ったわね」
 ステファンが小鼻を鳴らす。
「医師の忠告を無視したらどうなるのか、思い知らせてあげる。せいぜいのたうちまわるがいいわ」
 ああそう、と言いながらブラックがどんぶりを傾け、飯をかきこむ。目を丸くするナナに、長官がそっと傍に寄った。
「どうだった?」
 小声で聞かれ、我に返る。
「お家の方はいなかったで、近所の方にお伝えしてきました。当分お寺の面倒を見てくださるそうです」
 ナナの声が聞こえたのか、ブラックがぴたりと動きを止めた。
「なに? ナナちゃん、家行ったの?」
 言う口の周りにはいくつか米粒がついていた。
「あ、は、はい。すみません」
「遠かったろ〜。ばあちゃん達がいたのかな? 耳遠いから話すんのも大変だったろ?」
 かかか、とブラックが笑う。
「あ、いいえ、そんな…」
 ナナは語尾を小さく消え入らせながら首を振った。
 老婆に聞いた話。ブラックの過去。
 お母さんからもらった名前が捨てられなくて…
『ワシらはそんな名前捨ててしまえ言うたんだがなぁ』
 ブラックの本名はなんだったろうとナナは考えた。
 龍堂 悔(リュウドウ カイ)
 カイは、「悔いる」と書くのだ――――――
 今、ナナの目の前で笑うブラックは、そんな過去や葛藤を微塵も見せなかった。
 だからだろう。じんわりと涙がこみ上げるのを、ナナは感じていた。



 ブラックの新しいシャイニングブレスが届けられたのは、それから3週間後のことだった。
 もう日常生活にほとんど支障がないほどに回復したブラックは、メインルームでブルーとトランプに興じていた。
「そろそろ帰りたいんだけどな。ジャックの2」
「ブレスが無いなら移動だけでも負担になるでしょう。我慢することです。ハートの4」
「お前ら、誰がそこでトランプをやっていいと言った」
 長官が小刻みに肩を震わせる。
「ネオロイザーならいつもの如くレッドが対応してますよ。ほら」
 ブルーがモニターを顎で指す。メインモニターの中で、ネオロイザーとレッドが対峙していた。
「手伝おうとか、そういうのはないのか?」
「人間の最たる敵は暇だと言います。やることがないと、真っ先に狂うらしいですよ」
 だから私は止むを得ず彼の相手をしているのです、とブルーは深刻そうに告げた。
「お前ら…!」
「ようも舌が回るわ。呆れるで。ほら、坊さん、これ」
 メインルームに入った宮田主任が、ブラックにブレスを投げた。ブラックがそれを片手で受ける。
「スーツがすごい勢いで損傷しとってな。修復に手間取ったわ。あんまりぼろぼろにするんやないで」
「ありがと、主任」
 じゃ、早速行きますか、とブラックが腰を上げた。手首にシャイニングブレスを巻く。なつかしい感触に、ブラックはにやりと微笑んだ。
「まだ本調子ではないでしょう?しばらく休んだらどうです」
「大丈夫、大丈夫。久々に叫んでみたいしよ。シャイニング・オーンってね」
「まったく、あなたは」
 ふう、とブルーが嘆息する。
 しばらくトランプに目を落としていた彼は、次の瞬間、違和感に顔を上げた。
「ブラック、今、キーワード言いませんでした?」
「言ったぜ?シャイニング・オン!って」
 シャイニングブレスは対象がキーワードを叫ぶことにより、放出されたシャイニングスーツがその体を包む仕様になっている。
 しかし今、ブラックの体に変化はなかった。
「あ、あれ?」
 ブラックがブレスを見つめる。
 ブルーが宮田に視線を投げる。
「やっぱりか」
 あかんわ、と言いながら宮田はブラックを見た。
「な、なにが…?」
 腕を組んでふんぞり返るような宮田主任とは対象的に、ブラックの顔はひきつっている。
 真新しいシャイニングブレスは、その腕で誇るように輝いていた。


〔Mission9:終了〕
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