無敵戦隊シャイニンジャー

 ブラックはベッドに寝転んで自分の腕に巻かれたシャイニングブレスを見ていた。その後ろに見える医療ルームの白い天井は、もうすっかり馴染んでしまった。
「ちょっと、昼寝ならお断りよ。書類整理でも手伝って」
 ステファンがカーテンを開ける。彼は、ブラックが思いの外真剣な顔をしていたことに驚いたようだった。
「…どうしたの?」
「ん、まあ、ちょっとな」
「濁すのはアンタの悪い癖ね」
 苦笑しながらステファンがベッドサイドに腰掛ける。細面の顔と相反するがっしりした骨太の肉体を受け止めて、ベッドがきしりと鳴った。長い金髪がさらりと揺れる。
「言いなさいよ、聞いてあげるわ」 それを横目で見たブラックが苦笑した。
「カウンセリングも出来るとは知らなかったぜ」
「本当は恋愛専門よ」
 ステファンの言葉に笑ったブラックが、目を逸らし、呟いた。
「お袋の夢を見たよ」
「まあ、あのバイオレンスなお母さん?」
「そうそう!夢の中でまでどつかれてさ。マジまいった」
 あはは、と笑いながらブラックが上半身を起こす。ふ、と笑いを消すと、ブラックは自分の手首に巻かれているシャイニングブレスを見た。
「…俺が正義のヒーローなんて嘘みたいだよな」
「結構楽しそうにやってたじゃない。ほっとしたわよ、アタシは」
「だな」
 頷くブラックの口元が綻んだ。
「お前にどつかれて、戦場から帰って、そしたら次はシャイニンジャーですって言われて。なんとなく、嗚呼このために帰ってきたんだなって思ってさ」
 そう言いながらブラックはシャイニングブレスを撫でた。宮田の言葉を思い出す。
「なんで黒だろうとは思ったけど」 縁か、と消え入りそうな声で呟いた。
「似合ってるわよ、あんたに」
「そうかな?」
 ブラックがはにかんだ。
「これを心から呼ばなきゃいけないんだとさ」
「いい機会じゃない、向き合いなさいな」
 ステファンが背を押した。ブラックが立ち上がる。ベッド脇に置いてあった草履に足を通すと、少しずらして履き心地を確かめたようだった。
「どうやって?」
 ステファンが片眉を上げる。
「考えるのは得意じゃないの?ゼンモンドウ、だっけ?」
 そりゃまたちょっと違う、と言いかけたブラックが「ああ、でも悟りみたいなモンか」と呟いた。
「なら出来るかな。坊主の名誉にかけて!」
 言いながらブラックが伸びをする。「じゃあ、そんなわけでちょっくら里に帰ってくるわ」と言ったところで、医療ルームの入り口が開いた。伸びをした姿勢のままのブラックとステファンが目をやる。そこに、オペレーターの時田ナナが荷物を持って立っていた。
「…あ…あの…」
「ナナちゃん、どうしたの?」
 ブラックが軽快な足取りで駆け寄る。
 ナナは言いにくそうに視線をそらし、もじもじとしながら告げた。
「ちょ…」
「ん?」
「長官が…ブラックさんは変身出来ないから…しばらく行動を一緒にするように…わ、私に…」
 ナナが言いながら赤面する。
「あ、そうなんだ?じゃあ、よろしくね」
 可可と笑ったブラックが、ナナの肩を叩く。瞬間、彼は笑ったまま硬直した。
「え?あれ?俺、一旦家に帰るって言ってあったんだけど…?」
 ナナは無言で赤面した。足元の荷物を見ながら、俯いたまま話す。
「ですから、あの、ついていくように…と」
 ブラックの実家の近くで原因不明の落石事故があったのでそれも調べてくるようにとも言われました、とナナは付け加えた。
「す、すみません…」
 ナナはなぜか謝った。きっと自分なんか迷惑に違いない。そう思うだけで足が震える。ブラックの顔に少しでも嫌悪感があったらどうしようと思うと、顔も上げられなかった。
「そっか」
 呟いたブラックがナナの両肩に手をかけ、その顔を覗き込んだ。ナナがびくりと顔を上げる。その目はとっくに涙目で、ブラックの顔が至近距離にあることでますます潤んで行った。ブラックは真摯な瞳で告げた。
「大丈夫、ナナちゃん。俺は坊主だから。ぜっっったいに不埒なマネとかしないから!」
「あんた、キャバクラの真里菜ちゃんからメール入ってるわよ。僕は坊主だから改心しましたって送っとこうか?」
 ステファンがブラックの携帯を片手に弄びながら言う。
 やめろっておい、と言いながら駆け寄るブラックを尻目に、ステファンは携帯を投げ捨てた。ブラックがキャッチしている間に、大股にナナに歩み寄る。
「これ」
 ごく当然のように手渡されたものに、ナナは驚いた。
「ス、スタンガン…?」
「危ないと思ったら使いなさい。改造してあるから一発KOよ。うっかり殺しちゃったら山にでも放りなさいな」
「あ、あの…」
「いい、油断しちゃダメよ。殺す気でやるの」
 なに吹き込んでんだ、とブラックが抗議した。「ナナちゃんが不安になるだろ?」
「アタシはあんたの日頃の行動のほうがよっぽど不安だわ。誰よ?かすみちゃんて」
「人の携帯勝手に見るなよ!」
「俗な坊主がいたもんね」
 ステファンが嘆息する。「ナナちゃん、違うから、これはね」と慌てるブラックの言葉を聴きながら、どこか安心していくのをナナは感じていた。


 メインルームでレッドはいつもの如く勉強道具を広げていた。
「えーっ、じゃあ、ブラックさん当分来ないんですか〜?」
 話を聞いた美沙が大仰に驚いてみせる。高校の制服はどこまでも基地の雰囲気から浮いていた。また長官がいない隙に入り込んだのだ。
「うん」
 そうなんだよ、とレッドがノートに鉛筆を走らせながら言った。いい気味だわあの坊主、と美沙がガッツポーズをする。
「え、でもでもじゃあ、色にも理由があるって、レッドさんも心当たりあるんですか?赤色に?」
 それまで美沙の話に曖昧に相槌を打っていたレッドの手が止まった。美沙が何度か瞬きする間に、少しだけレッドの雰囲気が硬くなった気がした。
「…ないんだよね、全然」
 レッドが顔を上げた。対面に座る美沙を見て、途方に暮れた顔をする。
「どうすればいいと思う?美沙ちゃん」
「美沙とデートすればいいと思います!」
 そりゃ全然違うだろ、とその場にいたオペレーターは全員心の中で突っ込みを入れたが、声に出す者はいなかった。
「赤って言ったら、ハートですよ!恋心です!」
 そうかあ、とレッドは感心した。「すごいね、美沙ちゃんは」
「ハートと言ったらヨツバト遊園地!ね、行きましょうよ、今度の日曜日!」
「そうだね」
 やったぁ、デートだぁと喜ぶ美沙を眺めながら、レッドは再び参考書に目を落としていた。


〔Mission10:終了〕
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