無敵戦隊シャイニンジャー

Mission11: 「ヒーロー別完全(?)攻略マニュアル」

1: レッド流 正しい(?)デートの過ごし方

 前髪をくるんとカールさせて、今日はお気に入りのワンピにミュール。美沙は鏡の前でくるんと1回転した。
 どちらかと言うと細めな体。明るいショートカットの髪がボーイッシュな印象を持たせるが、スカートを履けばとたんに女性らしさが増した。
「よしっ、カンペキ!」
 今日のあたしはかわいいぞーっと拳を作って気合を入れる。美沙は玄関を飛び出した。

 そう、今日はレッドと美沙のヨツバト遊園地でのデート日なのだ。

 生返事をしたレッドに対し、やや強引に美沙は話を進めた。「レッドさん!この間の、今週の土曜日に行きません?」と言った際、レッドはしばらくなんのことかを考えているようだったが、思い至ったのか、「ああ、いいよ」と言ってくれた。
 その単純な返事が、美沙の頭の中に今日までぐるぐると回り続けた。
『ああ、いいよ』
 デートですよ、いいんですか?
『ああ、いいよ』
 美沙、レッドさんが好きです!
『ああ、いいよ』
 それは了承に値するのかいささか疑問だが、そんな告白までのシュミレーションまでもこなしながら、美沙は今日という日を待ち焦がれたのだ。

 ヨツバト遊園地の入り口、待ち合わせの場所にいたレッドは、美沙の姿を見つけるとにこりと微笑んだ。駆け寄る美沙にチケットを手渡す。
「似合うね、それ。可愛いよ」
 さらりと言われた美沙が舞い上がる。
「ほんとですか!うれしーです!」
 どさくさに紛れて腕に抱きついても、一瞬驚いたような顔をしただけで、レッドは何も言わなかった。
「えへへ」
 美沙が笑う。
「どうしたの?」
「嬉しくって!」
「そっか、良かった」
 レッドは微笑みながら顔を上げた。園内のアトラクションからはすでに観客の歓声が聞こえてくる。
「オレ、どんなのでも平気だよ。美沙ちゃん、なに乗りたい?」
「あたし、あれがいーです!」
 美沙の指差した先は、ヨツバト遊園地名物のジェットコースターだった。丁度クローバーのような形をした機体が、コース進行とは別に横に揺れる。縦横無尽な感覚に、やみつきになるらしかった。
「よし!行こう!」
 言ったレッドが駆け出す。手を引かれて、美沙は、今なら死んでもいいと思った。

 ジェットコースターの次はサイクロン、バイキング、趣向を変えて園内のゲームコーナー、お化け屋敷に今時珍しいミラーハウスと二人は次から次へと行き先を変えた。ようやく一息ついた頃にはとっくに昼を過ぎていた。
「あはは、あー、楽しかったね」
 園内の軽食店、屋外のテーブルで待つ美沙に、レッドがジュースとサンドイッチを乗せたトレイを差し出した。
「楽しかったです〜」
 受け取りながら美沙が笑う。「さ、お腹すいたし、食べようか」とレッドがジュースに口をつけた。
「そこまでだ!シャイニンジャー!」
 突然の声にレッドがむせる。美沙が慌てて振り返ると、店の近くに、屋外ステージにベンチを並べただけの簡単なショーコーナーがあった。ヒーローショーが行われているらしい。
 遠目に確認したレッドがむせながら、「なんだ、よかった」と呟く。
「ここに本物がいますよーだ」
 ちょっとした優越感を感じながら、美沙が舌を出した。その時だ。
 歓声とも悲鳴ともつかない声の直後に、ショーコーナーで大きな爆発があった。演出にしては過剰すぎるそれに、レッドが顔色を変えて立ち上がる。
『ぐははははは〜』
 獣型ネオロイザー特有のハウリングを含んだ声に、レッドが駆け出そうとした。
 美沙がその袖を掴む。レッドが振り返った。
「美沙ちゃん?」
「ダメです!今日は…!」
 抗議しかけた美沙の声に、子供の泣き声がかぶる。レッドはその声に呼ばれるように、顔を向けた。「ごめんね」と言いながら、美沙の手を優しく外す。けれど、その顔はもう美沙を見てはいなかった。視線はネオロイザーに向っている。

 美沙は瞬間、理解した。
 レッドにとっては、同じだったのだ。
 子供をあやすのも、老婆の面倒を見るのも、…美沙と、デートをするのも。
 ただ、美沙が嬉しそうにしていたから、妹の面倒を見るような感覚でつきあっただけだ。
 とたんに目の前が暗くなる。涙がじわりと溢れてきた。
 ブルーに言われた言葉を思い出す。
『あの人はそこにいるのが誰かなんて気にしないんです。そこにいたのが、あなたでなくて別の人間でも同じ事をしましたよ 』
 あれは、本当だったのだ。美沙がレッドに惹かれているのを察して、ブルーはブルーなりに警告したに違いない。その憧れは捨てろと。

 世界を平等に愛すから、誰か一人を特別に見ることなんてない。

 …寂しいヒトだ。
 レッドの後姿を見ながら、美沙は思った。
 レッドは逃げ惑う人々に逆行しながら、ネオロイザーに向って行く。それを気に留める人も、手伝おうとする人もいなかった。誰も彼も自分のことで手一杯。初めて逢った時の光景に似てる、と美沙は思った。逃げ惑う群集に押された美沙を助け起こしたのがレッドだった。
 あの時、美沙はどうしてそんなことが出来るのか不思議だった。
 誰も見てないから、逃げたっていいのに。どうして立ち向かえるんだろう、と。
 違うのだと、今は思う。レッドはそんなこと気にはしない。自分が与える代わりに、なにかを寄越せとは思わないのだ。期待もしない。
 だから今、美沙がここで見ていることすら気づかないんでしょう? 美沙は心の中でレッドに語りかけた。レッドが振り向くはずも無い。
 人々が逃げおおせた後には、レッドとネオロイザーだけが残った。ヒーローショーのチラシが、風に吹かれて観客席を転がる。
 動かないと、美沙は決めた。ぐ、と力を込めて足を踏みしめる。あたしはここで見てる。レッドさんの傍を離れない!

 美沙に背を向け、ネオロイザーと対峙したレッドが右手を上げる。
「シャイニング・オン!」
 キーワードを叫ぶと同時に、まばゆいばかりの輝きがレッドの全身を包む。
 白に近い光は、美沙の涙を優しく照らしていた。

 美沙はレッドが戦う姿を、そこに留まったまま見ていた。
 今は前だけ見ているレッドが、いつかその孤独に気づいた時も、きっと傍にいられるように願いながら。
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