無敵戦隊シャイニンジャー

2: ブルー流 正しい(?)ネコの被り方

 シャイニングブルーこと斉藤貢の朝は早い。
 5時半に起床。朝食を食べながら経済新聞を読み、朝のニュースを見て情報を仕入れる。自宅のパソコンでメールのチェックを行ってから出社。通勤は自転車だ。8時に会社に着くと、昨日退社してからの報告書に目を通す。8時半から朝のミーティング、その前に15分ほど社長との打ち合わせがある。
 ブルーにとって、最も嫌な時間だった。父親と二人きり。最悪である。
 実父である社長は、人当たりがいいことで有名だ。褒めて育てるタイプで、商売も人情派、人望も厚かった。その甘さが、ブルーは嫌いだった。
「貢、怪我はもういいのか?」
 ふとした拍子にそう聞かれる、それだけで寒気がした。肌が粟立つのが自分でわかる。
「ええ、お陰さまで」
 そうか、と頷いた父親が心配そうに書類に目を落とした。白髪の混じり始めた髪を丁寧に撫で付けている。シャツにアイロンをかけたのは母だろう。元気だろうか、とふとブルーは思った。
「母さんな、貢が週一でいいから帰って欲しいって言ってるぞ」
 見越したように父が言った。
「…社ではプライベートな話はよしませんか、社長」
 だが、と言いかけたのをブルーは強引にさえぎった。にこりと、営業用の微笑で。
「早く済ませてしまわねば。社員が待っていますよ。父さん」

 斎藤寝具での斉藤貢の評価は上々だった。
「タカビーなとこなんか全然ないし、あいさつはかかさないし、すごく丁寧だし!目が合えば微笑んでくれるし!」と受付嬢が言えば、「ちょっと具合が悪いとすぐ気づいてくれて!無理はしないようにって言ってくれるんです!」と事務の女性が叫ぶ。「距離感が丁度良くていいんです。まさに理想の上司って言うか!叱る時も諭すようだし、僕、一生ついていきます!」との男性社員の言動に至って、宮田は頭痛を覚えた。
 一体、皆誰の話をしているのだろう?
 宮田の知っているブルーは、口を開けばだるいだのなんだの文句ばかり。はた迷惑なスーツを作った宮田を責めるような言動か、出動をさぼる口実を述べている現場にしか立ち会ったことはない。宮田は眩暈を覚えながら、斉藤寝具本社の廊下を歩いた。
 斎藤寝具本社は、偶然ながら基地と近い場所にあった。交通のさかんな交差点の前に、でんとそびえたつ8階建てのビルは、その繁栄ぶりを示しているようだった。ビルの屋上に堂々と「斎藤寝具」の看板が飾られている。中はきちんとしたオフィスビルで、工場や倉庫は別にあるらしい。
 いつもの作業着ではなく、珍しくスカートをはいた宮田は、足の慣れない感触に眉をしかめた。なんだか、やたらに通気が良くてスースーする。大体、ブルーに会うのにわざわざめかしこんでいる自分が不思議だった。口紅など、今まで引いたこともなかったのに。
 自分のヒールの音だけが廊下に響いている気がする。
 帰ろうか、と思い始めた頃、廊下の向こうからブルーが歩いてくるのが見えた。
 秘書らしき女性となにか話しながら歩いてきたブルーは、宮田の姿を認めるなり動きを止めた。あ、と思う間もなく宮田に駆け寄る。顰めた声は、しかし、罵倒に近い。
「なにしに来たんです?」
「あ…」
 気圧された宮田が言いよどむと、ブルーは背後の秘書を振り返った。
「すみません、今の予定はキャンセルで。昼休憩としてしばらく出ます。13時の会議までには戻りますから」
 わかりました、と秘書は頷いた。宮田とまるで違って、化粧をし慣れている。いい匂いがするのは香水だろうか?爪も睫も丁寧に手入れされている。綺麗だ。「行きますよ」と引かれる自分の手はかさついているし、爪も短い。どうして比べてしまうのか、宮田は不思議がる前に悲しくなった。

 社の近くではまずいと判断したブルーは、通勤用に使っている自転車の後部に宮田を乗せて、少し離れた公園に向った。
 緑が多く茂っている。ホットドッグの移動販売を見つけたブルーは、そこでジュースと昼食を買った。
「驚いた。どうしたって言うんです、一体」
 公園のベンチに座りながらブルーが言う。「今食べておかないと、そのまま食いっぱぐれそうなので、失礼」と言いながら、ブルーはホットドッグを食べ始めた。
「すまへんかったな。仕事中に」
「丁度ろくでもない予定が入るところだったので、助かりましたよ」
 秘書から社長が昼食を望んでいる、と聞いたばかりだったブルーは心底安堵した。あの父親と向き合って食事などする位なら、砂でも噛んでいた方がマシである。
「で、どうしたんです?」
「いや、なんつーか」
 宮田は言葉を探した。
「悪かったなァ、思うて」
 頬をかく宮田に、ブルーが動きを止めた。
「はい?」
「ほら、あの、色の…いや、なんつーかな。あんたの言うことは、ほんまにその通りや」
 公園の木々が揺れている音がする。風が、ざわりと吹いた。
「スーツの…適性者を選べんのもあたしのせいやし、進化に適応できんのも、あたしの…」
「そんなの気にしてたんですか?」
 何の気なしにジュースを飲むブルーの言葉に、宮田は動きを止めた。瞬間、ベンチから立ち上がる。
「なんやて!?」
 ああいや、失礼、とブルーは咳払いした。
「まあ、気にしてもらわねば困りますが、だからと言ってもうどうにもならないでしょう?」
「だってあんたアレやろ!?シャイニンジャー、そんなに嫌なんやろ!?さっき会社であんたの評判聞いたで!なんや、全然基地と態度が違うやんけ!」
「当たり前ですよ」
 ブルーがさらりと言った。
「命を賭けて戦う仲間に、どうして取り繕う必要があるんです?」
 あの場所では素でいいでしょう、とブルーは言った。宮田が目を丸くする。
「それとも、そうした方がいいんですか?」
 にこりとブルーが笑う。いつもの営業用とはまるで違う、少年のようなその笑顔を、初めて見たと宮田は思った。
「いや…別に」
 そういうわけじゃないんや、と語尾を濁す。
 自分が何をしに来たのか忘れてしまった。シャイニンジャースーツの進化論、そのプロセスにブルーが嫌悪感をむき出しにしていたから、一言詫びねばと思っていたのに。
 そんな顔で笑われたら、どうしようもない。
 むくれた宮田の口から出たのは、別の言葉だった。
「あんたがこんなとこで、そんなん食べてるなんて意外やわ」
「そうですか?美味しいですよ?」
 ポテトを差し出された宮田が、ベンチに座りなおして手を伸ばす。
「反則やわ」 ブルーの棘のなさに毒を抜かれた宮田がぼそりと呟いた。
「なにがです?」 ブルーが不思議がる。
 宮田が答えようとした時、ブルーのシャイニングブレスが反応した。
『ネオロイザー出現!座標42.78.190.25!付近にレッドがいます!』
 宮田が緊張するのとは対象的に、ブルーは我関せずという顔だった。そのままポテトを食べて、ジュースを飲んでいる。動こうという気はなさそうだ。
「…あんた、なんで行かへんの?」
「レッドが近くにいるって話でしたよ。彼が行くでしょう」
 その返事を受けて、宮田は笑った。心から。
 そして次の瞬間、心置きなく般若へと変わる。
「あんた!最低やわ!」
 宮田の説教を、ブルーは完全に聞き流していた。
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