無敵戦隊シャイニンジャー

3: ブラック流 正しい(?)説教の仕方

 久々の我が家、龍堂寺の門扉をくぐるとブラックは深呼吸した。山の清涼な空気を肺一杯に吸い込む。社務所の縁側に腰掛ける老人らに「おう、帰ったから」と手を振ると、老人達はこくこくと頷いた。
「さ、行こうか」
 ブラックが後ろにいるナナを振り返る。「は、はい」とナナは荷物を持ち直した。
 縁側に座る老人の中に、かつて相手をしてくれた老婆の姿を見つけて、ナナは軽く会釈をした。ナナだと気づいたのか、覚えてはいないのか、老婆は笑ったように思う。
 寺の住居部分も、外観が寺続きであるせいかどこまでも和風だった。ブラックは戸を引き上がりこむと、玄関の明かりを点けた。「ごめん、ちょっと待ってて。あ、荷物そこらに置いていいから」 そう言うとブラックは大股に家の中に入って行った。がらがらと雨戸を開ける音がする。ナナは慌ててブーツを脱いだ。ブラックの後を追うように室内に入り込む。廊下の板は年季の入った照りを見せており、フローリングに慣れたナナには畳の感触がなんだか新鮮だった。
「すみません、て、手伝います」 
 雨戸を開けているブラックに駆け寄ると、ブラックが意外そうな顔をした。
「もう大概治ったんだがなぁ」
 ブラックが頭を掻いた。でも、と言いかけたナナが口をつぐむ。
「ん、じゃあ、やってもらおうか。ここ頼んでいい?俺、あっちの開けてくるからさ」
 言われてナナは頷いた。片手を上げて歩いていくブラックの後ろ姿を見送って、雨戸に手をかける。木製の雨戸は、触れるとしっとりとした感触をしていた。ナナは押した、が、びくともしない。「あ、あれ?」 もう一度力をこめる。やはり動かない。向こうでブラックが雨戸を開ける音がした。その音が、ナナを一層焦らせた。
 急がなきゃ、と少し足を開く。腰に力を入れて押しても、雨戸はびくともしない。
「はあ…」
 ナナの口からため息が漏れた時、後ろからブラックの手が伸びた。
「あはは、やっぱり。コツがあるんだよな、これ」
 ナナの小さな手の傍に手を置いて、ブラックは「よっ」と声をかけて雨戸を押した。それまで動かなかったのが嘘のように、雨戸が音を立てて動いていく。
「な!」
 可可、と覗き込むように笑われて、ナナは硬直した。瞬きした後には、もうブラックは玄関にいて、荷物を運び込んでいる。雨戸や窓が開け放たれた室内に、新鮮な空気が入ってきた。頬を撫でる風が冷たい。いいや、自分が赤いのだとナナは思った。
 
 老人達は夕方には帰り、入れ違うように子供達が境内に遊びに来た。かくれんぼや側の小さな沢で水遊びをした子供達が帰る頃には、虫が鳴き始め、山の冷気が夜の訪れを告げていた。
 真っ暗だ、とナナは思った。
 近所に街灯がないせいで、寺からの明かりが途切れた先は闇になっている。庭の先すら、もう見えなかった。
「なんもないだろ?」
 ブラックが言う。「はい」 ナナは素直に頷いた。
「ち、ちょっと…意外です。ブラックさんは、もっと賑やかな印象があったの、で…」
 言いながらナナは赤面した。何を言っているのか自分は。
「あー、よく言われるよ」
 ブラックは気にする様子もなく、可可と笑った。
「それじゃ、俺、上の様子見てくるから。テレビでも見ててよ」
「上?」
「山の中腹のほうにもう1コ寺があってさ。そこも管理してるんだけど、そろそろ時間なんだわ」
「なんの…ですか?」
「大人の鬼ごっこ」
 ナナちゃんも行く?と聞かれ、ナナは思わず頷いていた。

 龍堂寺の裏から、山の中腹にある分寺への道が伸びているのだとブラックは説明した。
「今、俺らが登ってるのはお客さん参拝用の道だな。道路整備されてるだろ?駐車場もあるから車でも登れるんだ」
 ようやく車1台通れるか通れないかの幅の道路を、懐中電灯で照らす。ガードレールはなく、道路の脇はすぐ木立になっていた。木々の向こうは山の暗闇。懐中電灯の明かりすら、闇に吸われているようだとナナは思った。
「まあ、あっちのが近いんだけど山道だし、こっちは一応道は道だし」
 どうして近道をしないのかと聞きかけて、ナナは自分がブーツであることに気づいた。多分、気を遣ってくれたのだ。
「車は持っていないんですか?」
「あるんだけどさ、バレるから。あ、ついたよ」
 20分ほど登った山の中腹に、龍堂寺の分寺があった。境内には、鳥居と本堂があるのみのシンプルな作りだ。参拝客のことを考慮してか、広めの境内が印象的だった。寺の脇へと歩きながら、ナナは境内を振り返った。
「ずいぶん広いんですね」
「普段はがらがらなんだけどさ、ほら、田舎だから。年末年始とかここに来るしかねーんだよな。秋なんかは近所の幼稚園が焼き芋パーティーしたりするぜ」
 もう好きにしてくれよと言いながら、ブラックは懐中電灯の明かりを切った。ナナもそれにならうと、頼りない外灯だけが周囲を照らす。ぼんやりと寺の輪郭が浮かび上がり、鈴虫の鳴き声が聞こえた。
「あの…ブラックさん」
「しっ」
 ブラックがナナの声を止めた。耳を済ますと、遠くエンジン音が聞こえる。
「来やがったな、馬鹿共が。ナナちゃん、そこ動かないでね」
 言いながらブラックが闇へと姿を消す。直後に、光の群れが境内に押し寄せた。エンジン音からそれがスクーターだとわかる。6台ほど、だろうか。乗っているのは皆男らしかった。不必要なまでにエンジンを唸らせながら、境内を輪を描くように疾走する。なにか会話もしているようだが、聞き取れなかった。
 ナナは唖然としてそれを見ていた。暴走族、とは少し違う気もした。彼らは遊んでいるのだ。スクーターで、鬼ごっこをしながら。
 外灯に映し出される男たちの姿はまだ若い。少年、のようだ。
 時に奇声を発しながら遊ぶ少年達のひとりめがけて、竹ボウキが飛ぶ。よく磨かれた竹の柄を頬で受けた少年が転倒した。スクーターがフェンスに激突する。仲間達が動きを止めた瞬間、ブラックの声が境内に響いた。
「何やっとるか!馬鹿者が!」
 うわあ、坊主だぁ、という声がした。
「そんな遊びすんなつったろうが!何回言やわかる!」
 逃げようとする少年達の目の前で、門扉が閉められた。その前に、立ちはだかるブラックは竹ボウキを持って仁王立ちをしていた。
「バイクから降りる!それとも皆、同じ目にあいたいか!?」
 以前も同様のことがあったらしい。それでこりているのか、少年達は大人しくバイクから降りた。
 が、一人だけ降りない少年がいた。むしろ、ブラックに向けて挑発するようにライトを当てる。光が目に入ったのか、ブラックが目を細める。瞬間、少年がブラックめがけて急発進した。
「ブラックさん!」
 ナナが反射的にレーザー銃を抜く。目の前に光線が走り、驚いた少年がハンドルを切る。スクーターは、ブラックの真横に衝突した。バランスを崩した拍子にスクーターから放り出された少年が顔を上げる。その頃にはブラックが、その頭を押さえながらにんまりと微笑んでいた。
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