無敵戦隊シャイニンジャー

 離せよう、とわめくリーダー格の少年を縛り上げ、他の少年達も合わせて分寺の中に入れると、ブラックは全員を正座させた。明かりの元で見ると、少年達がまだ中学生らしいことがナナにもわかった。顔にあどけなさが残っている。ブラックは、少年達一人一人の前に、習字道具を並べた。長い半紙を見て、少年達が不思議そうな顔をする。
「ようし、いいか」
 ブラックが説明しようとした時、縄で縛られたままの少年が側にあった硯を足で蹴り飛ばした。
「反省文でも書けってか!馬鹿らしい!やってらんねーよ。だいたいあれくらいで、神様が怒るわけねーだろ!」
 怒るなら天罰がくらぁ、と少年が喚く。ナナがおろおろするのとは反対に、ブラックはにっこりと微笑んでいた。
「そーだな。今のまんまじゃ、神様が怒ってるかどうかわかんねーな」
「だろ!だから離せよ!」
「じゃあ、聞いてみよう」
「は?」

 分寺の裏手は沼になっていた。底なし沼だと言われていて、周囲にはもちろん立ち入り禁止のロープが貼ってある。地元では有名な場所で、どんなに悪さをする人間もそこにだけは近づかないと噂だった。
「ああ、結構重いわ。さすがだな〜」
 ブラックが嘆息しながら運んできたものは、分寺の奥にある仏像だった。ブラックほどの大きさで、どちらが持たれているのかわからない状態だ。ブラックが仏像を置くだけで、地面が揺れた気がした。
「あの…」
 ナナが不安げに聞いた。
「なにを…?」
「ん?ああ、簡単簡単。こいつと神さん一緒に沼に沈めてな、まあ、本当に怒ってなきゃ神さんが助けてくれるわ」
「何言ってんだよ!」
 わめく少年のロープに、仏像をくくりつける。木で出来た仏像の重さに、少年が呻いた。
「よし、出来た。行って来い」
 ぐい、とブラックが少年の背を押す。少年はわああと言いながら、必死に淵に踏みとどまった。
「なにすんだよ!こんなん許されると思ってんのかよ!」
 訴えてやる!と少年は言った。ブラックは構わずに背を押す足に力をこめた。
「やめろって、やめろってば!」
 四つんばいに近い姿勢の少年の顔が沼に近づく。ナナははらはらしながらブラックを見た。ブラックの顔の表情が読めない。本当に沈める気なのだろうか。
 もう沼に触れる、という時になって、ようやく少年は叫んだ。
「ごめんなさい!」
「よーし、よく言った」
 ブラックがぐいと少年を引き上げる。
 ぐすぐすと泣いている少年から仏像を離し、縛っていた縄を解く。もう一度、寺の中に入れて、他の少年達と同じように正座させると、ブラックは言った。
「全くこのアホンダラ共が。あんな遊びしてたら事故るだろーが。遊びは選べよ」
 反省してもらおうかね、とブラックは続けた。
「そこに道具があるから、書いてもらおうか」
「何を…?」
 少年のひとりがおずおずと尋ねる。
「前みたいに、自分の姉貴の携帯番号とか…?」
「ばっ…」
 隣のナナを気にしたブラックが、ごほんと咳払いをした。

「好きな子の名前だ」

 横に自分の名前を忘れるなよ、とブラックは念押しした。「次、また馬鹿やったら、寺に貼り出すからな」という脅しは少年達にそれなりに効果があったらしい。


 あの時の少年達の顔を思い出して、ナナはくすりと笑った。分寺からの帰り道、懐中電灯を持ったブラックが「あー、つかれた」と伸びをした。あれから、墨のすり方を知らない少年や書きなれない習字に四苦八苦する少年達に指導をしながら、なんとか全員に習字を書かせ回収したのだ。墨の匂いなんて、ひさびさだとナナは思った。小学校以来かもしれない。後片付けまできちんとさせて、少年達を見送って、今空を見上げると、もう月がだいぶ高い。
「ごめんな、疲れたろ?」
「いえ」 
 ナナの声が明るいのにブラックは気づいた。
「? ナナちゃん、なんかいいことあった?」
「え…いえ、あの。ブラックさん、ちゃんと住職してるんだな、って」
「え」
 してますよ、そりゃ、とブラックが呟いた。どこか拗ねたような声にナナが顔を上げる。顔をそらしたブラックの頬が、少し赤い気がした。照れているのだ。
「ブラックさん…?」
「ん、ん」
 ごほんと咳払いをすると、ブラックはナナの方を向いた。
「あ、明日なんか調査するって言ってたっけ?崖崩れ?」
「ら、落石調査です。原因がわからないようで…オペレーターが使用しているシステムのネオロイザー探査装置も万能ではないようですから、ね、念の為にと」
「俺も行くよ」
 え、とナナが首を傾げた。
「危ないだろ、行くよ」
 ブラックの言い方はぶっきらぼうだったが、否定させない強さを持っていた。
「あ…ありがとう、ございます」
 ナナが小さく呟く。
 
 山の冷気で体は冷えているはずなのに、なぜか心が温かい。ナナのブーツの足音と、ブラックの草履の音が、夜の山に響いていた。


〔Mission11:終了〕
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