無敵戦隊シャイニンジャー

Mission12: 「闇を知る者 〜BLACK〜」

 ナナが調査を命じられた落石現場は、ブラックの寺の隣の市にある山だった。落石の他に、土砂崩れもあったのか、山の一部が削れている。
「山が崩れるなんてそう珍しくはないがなぁ…」
 むき出しになった山の斜面をデジカメで写真を撮るナナを見ながら、ブラックは頭を掻いた。
「ええ、でも、目撃証言があったんです」
「証言?」

「光る、狼を見たと」

 ナナは思い出していた。恐らく、ブラックもそうだろう。ステファン医師が就任したその日、研究施設から逃げ出したネオロイザーも緑色に輝くオオカミのような外観をしていた。あの時はブラックが施設に連れ戻して事無きを得たが、今は…。ブラックは自分の手に巻かれているシャイニングブレスを見た。
 ブレスはいつもと変わらず、誇らしげに輝いていた。


 ナナが辺りを見回しながら、現場に近づいた。流れた土は乾ききって、ひび割れている。巻き込まれ、呑まれた木の枝があちこちから覗いている。ナナは慎重にその様子を記録した。なにか異変はないか、探る。むき出しの木の根や変色した土が、衝撃の激しさを物語っていた。けれど、どこにも獣の死骸はない。本能で察して逃げたのだろうかと思った時、ナナはそれを見つけた。
「あ」
 そう言って、手を伸ばす。土の中にまぎれていた、長く太い毛。色は白かと思ったが、どちらかと言うと蛍光色の緑を薄くしたものに近い。
 見覚えが、ある…。
 ナナの顔が青ざめた。
「あれの仲間かなんかがいるのか」
 ブラックが山を見上げた。ナナが、ネオロイザーの体毛をサンプルケースに入れて保存する。
「と、とりあえず、長官に報告します」
 この付近に民間人が立ち入らないようにしてもらって、それから本格的な調査団に来てもらわねば。ナナは言うべきことをまとめながら、携帯電話のフォルムに良く似た通信機のスイッチを押した。オペレーターに報告の旨を告げ、長官に取り次いでもらう。しどろもどろしながら話すナナを横目に、ブラックは何気なく山を見ていた。
 葉の落ちかけた山を見て、もう紅葉も終わりだなぁと呟く。全体が黄色っぽい枯れた印象の山に、一瞬緑が横切った。
 それを見つけた瞬間、ブラックの顔からゆるみが消えた。
「はい。見つけました。ネオロイザーだと思われる体毛です。く、詳しくは調査してみないとわかりませんが…」
「いたぜ」
「え?」
 ブラックの声に、ナナが振り向く。ブラックの視線を辿り、その先にいるものを見て小さく悲鳴を上げた。
 木立の向こうに、緑の獣がいる。外観はオオカミのようだが、大きさは馬に近い。蛍光色の体毛が風に揺れていた。真っ青に塗りつぶされた瞳が、試すようにこちらを見ている。
「どうした?時田君」
 通信機の向こうで異変を感じた長官が声をひそめた。
「あ、あの…」
「見つかっちまった。やるしかねーな」
 ナナの手から通信機を奪ったブラックが言う。「なんだと」という長官の声を無視して、ブラックは通信を切った。
「ブ、ブラックさん…」
「下がって」
 ネオロイザーから視線をそらさないまま、ブラックがナナを庇うように手を広げた。
 どちらも動かないまま、しばらく時が過ぎた。
 やがて、ネオロイザーが視線をそらした。ふい、と興味をなくしたかのようにブラックに背を向ける。
「あれ?」
 呆然とするブラックに構いもせず、ネオロイザーは木立の向こうに消えた。
「どうしたんでしょうか…?」
「さぁなぁ…」
 ブラックが不思議がる。
「ま、行ってみようぜ」
「え、え?」
 どうせならアジトくらいは見つけておいたほうがいいだろう、とブラックが揚々と茂みに足を踏み入れた。ナナが慌てて後に続く。
「あ、危ないですよ」
「大丈夫、大丈夫」
 なんとかなるって、とブラックは可可と笑った。


 ネオロイザーの後を辿った二人は、山の裏手の洞窟を見つけた。ぽっかりと山に穴が空いたような洞窟は、自然に出来たものらしい。すぐ側を小川が流れ、茂みの中にある入り口は木の葉や枝に覆われて見つけにくくなっていた。
「うわー、こんなところがあったのか」
 ブラックが足を踏み入れる。洞窟の空気は湿っていた。内部は意外と広く、天井は見上げなければならないほどだった。真っ暗で距離感がつかめないが、奥にずっと続いているらしい。
 壁に手をそえながら、ブラックは進んだ。ナナがおろおろしながらその後に続く。
 洞窟全体が湿気を帯びているせいか、草履が少し滑る。ブラックが足元に目をやった。
「きゃ」
 ブーツが滑って、バランスを崩したナナを抱きとめる。
「大丈夫?」
「す、すみません」
 俯いたナナが顔を上げた。ブラックの肩越しに見えたそれに、動きを止める。
 ブラックの背後、洞窟の上部の断層から、ネオロイザーがこちらを見下ろしていた。
「ブラックさん…!」
「ん?」
 ブラックが振り向くのと、ネオロイザーがその前足で岩を落としてくるのは、ほぼ同時だった。

 落石の音は洞窟に木霊した。
 洞窟の入り口から、小さく砂埃が舞う。
 やがてそれすらなかったかのように辺りを静寂が包んでも、出てくる人間の姿はなかった。
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