無敵戦隊シャイニンジャー

 水滴が頬に当たる感触でブラックの意識は覚醒した。
 目を開いても、まだ暗い。
 感覚で、自分が仰向けになったまま寝転んでいるのだとわかる。

 暗い。

 一面の闇だ。
 見慣れている、とブラックは思った。小さな頃、母が自分の姿を見たくないとよく押入れに入れていた。押入れの中は暗く、そこで寝、また目覚めても暗かった。
『悔―――あんたを生むんじゃなかったわ』
 優しい声で日々紡がれる呪詛の言葉。撫でたかと思えば、はたかれる。母が壊れているのだと気付くのに、時間はかからなかった。
 自分を押入れに押し込め、部屋で鼻歌を歌いながら、戻らない恋人の為に編み物をする母は本当に嬉しそうで、それが寂しいと思ったのを覚えている。
 線が細くて綺麗な母だった。日傘が良く似合って、笑顔が可愛らしい。けれど、自分が目の前にいるとその影は失せ、狂乱するのだ。
 その日も押入れに入れられた。今度は自分で出ずに、母が出してくれるのを待とうと思った。何度寝て、何度目覚めても、押入れが開くことはなかった。
 いつ開くんだろう、と思って押入れの中で闇を見つめていた。
 開いた時、きっと母は笑って自分を出迎えてくれるのだ。
 あの笑顔で、きっと自分を抱きしめてくれるのだと信じていた。

 ブラックの体が衰弱し、もう声も出なくなった頃、押入れの扉は開いた。
 けれどそれは通報を受けた保護局員によるもので、彼の望んだ母の手ではなかった。彼の母親は、ブラックを押入れに入れた瞬間に、その存在を完全に忘れていたのだ。 

『あんたらはその色に縁があるはずや』
 宮田の声が蘇る。ああ、そうかと感じたのを思い出す。ブラックにはすぐに心当たりが浮かんだ。黒、自分に最も縁がある色。
 知っている。
 幼い頃からずっとそばにいたから。


 自分が一番馴染んでいる黒は、人の心の闇だ――――――



 暗闇に目が慣れると、そこが岩場であることが知れた。湿った空気が埃を含んでいる。体を動かそうとして、ちっとも動けないことに気付く。岩場の隙間に挟まったような状態らしい。
 どうしてこうなったんだろう、と考えたブラックは、我に返った。落石の調査に来たのだ。ネオロイザーを見つけて、後を追って…
「ナナちゃん!」
 ブラックは叫んだ。姿が見当たらない。どこだ?
「ブ、ブラックさん…」
 ナナの弱気な声がした。ペンライトの明かりがブラックを探し、足音が近づく。ブラックを見つけたナナは、ブラックの体の上に岩が乗っているのを見つけて顔色を変えた。
「ブラックさん!」
「怪我ない?大丈夫?」
「ええ、私は大丈夫です。ブラックさんこそ!」
「あ、全然平気。俺、なんか隙間に挟まってるみたいでさ。怪我なし。動けないけど」
 ナナが慌ててブラックの上に乗っている岩に手をかけた。どかそうと力をこめるが、微動だにしない。ペンライトをブラックの横に置き、ナナはしばらく岩と格闘していた。
「…だ、だめみたいです…」
「だよな。ま、長官とも話してたし、しばらくしたら誰か来るだろ」
 変身出来れば一発なんだがなぁとブラックが呑気な返事をした時、洞窟の奥から咆哮が響いた。
 ネオロイザーだ。
 ナナの顔が強張る。その体が小刻みに震えているのに、ブラックは気付いた。
「ブ、ブラックさん…」
 声も震えている。
 なぐさめようとして、ナナの顔を見たブラックは息を呑んだ。

 ナナは、穏やかに微笑んでいた。

「大丈夫です。私が見てきます」
 安心させるようにブラックに言う。護身用のレーザー銃を抜いて、ナナが闇を睨みすえた。目を丸くするブラックに構わず、洞窟の奥へと歩き出す。闇に呑まれていくその足も、手も、まだ震えていた。
「ナナちゃ…」
 
 どうして、笑えるの?
 あんなに震えていたじゃない。

 ブラックは歯を食いしばった。
 岩に挟まれ、動けない全身に力を入れる。血管が浮き上がるほどに筋肉に力を込めても、岩は動こうとはしなかった。その奥に広がる闇が、ブラックに囁きかける。
『悔―――あんたを生むんじゃなかったわ』
 何度となく頬を撫で、優しく紡がれた呪詛。
 自分を必要とはしなかった母。知っている、けれど、母さん。
 俺のために勇気を振り絞って、戦おうとしてくれる人もいるよ。
 今あの子を救えないなら、俺には本当に意味が無い…!
「ちくしょおおお!」
 腹の底からブラックが叫ぶ。怒号にも似た叫びは、闇を裂いた。


 洞窟の中の闇が、一瞬薄くなった気がして、ナナは振り返った。
「ブラックさん…?」
 闇は答えない。しっかりしなければ、と自分に言い聞かせた。ブラックは動けないのだから、自分がやらなければ。手も、足も震えるほどに怖いけど、涙も浮かんでくるけど、やらなければ。ナナは何度も自分に言い聞かせた。
 ネオロイザーの追撃がないのは幸いだった。出来れば、救援が来るまでそのままでいてほしいと願いながら、ナナは歩を進めた。
 真っ暗な洞窟に、ほのかな光があった。ナナが足を止める。確認するまでも無い。獣の形をとった蛍光色の緑。ネオロイザーだ。
「あ…」
 ナナの声にネオロイザーが振り向いた。塗りつぶされたような真っ青な瞳と目が合う。
 ナナがレーザー銃を構えるより早く、ネオロイザーが襲い掛かった。
「ナナちゃん!」
 声と共にナナの体が浮き上がり、ネオロイザーの爪をかわす。ナナを抱き上げた闇は、しかし人の形をしていた。
 真っ黒なスーツ。体のラインをなぞるような、白のライン。黒のゴーグルに、地球連合の紋章をあしらったマスク。見覚えがある、シャイニングスーツだ。
「ブ、ブラックさん…!?」
 ナナは目を見開いた。
「うん」
 頷いたブラックがナナを降ろした。
 進化したというシャイニングスーツは、これと言って変化が見当たらなかった。いいや、色が違う、とナナは気付いた。黒が深く、輝いているようだ。
「さて、カムバック戦と行きますか!」
 ブラックが手を鳴らす。
 ネオロイザーが唸る。その足元にあるものを見つけて、ブラックは動きを止めた。
 ミィミィと鳴く…子供のネオロイザーである。生まれたばかりで目があかないのか、母親を探して鼻を鳴らしている。
「こ、子供…?」
 ナナも驚いていた。
 なんだ、と呟いたブラックが変身を解く。
「動物と一緒か。出産で気が立ってたんだな」
「ブ、ブラックさん…!」
「大丈夫、なんもしないよ」
 唸り続けるネオロイザーの瞳を覗き込みながらブラックは告げた。
「勝手に入り込んで、悪かったな」


 あれは盛大な勘違いでした、とブラックはしゃあしゃあと長官に告げた。
「熊と見間違えたみたいです。いや、このへんマジでいるんですよ」
 長官の小言半ばでブラックは通信を切った。後ろにいるナナを振り返り、「じゃ、そういうことで!」と悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「で、でも…」
「ま、人を食うわけじゃなさそうだし。悪さしたら俺がなんとかするよ」
 言ってブラックは伸びをした。子供をかばい、唸っていたネオロイザーの姿を思い出す。
「あれぐらい、強けりゃ良かったんだがなぁ…」
 ぼそりと呟いた言葉は、青空に吸い込まれていった。


〔Mission12:終了〕
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