無敵戦隊シャイニンジャー

Mission13: 「炸裂!インスパイヤ!」

 土気色の脈づく壁から唯一守られたリンゼの部屋では、枯れることの無い花々が揺れていた。宇宙空間を臨むことのできる透明な壁、そこに咲き誇る白い花々、澄んだ空気の中に佇むリンゼ。かつて幸せだった頃の名残が、ここにはある。これでリンゼに表情があれば…とギンザは願わずにいられなかった。
 先日交わした、メインブリッジでの会話を思い出す。
 あれはシャイニンジャーを仕留め損なった日だ。ギンザは報告のためにメインブリッジに向った。メインブリッジの壁に、あれはいた。部屋中を侵食した土気色の壁、そのひとつが、壁一面に顔の形を成していた。顔といっても特徴があるわけではない。粘土人形のように目があり、鼻があり、口があるだけだ。表情など勿論無い。便宜上作ってみただけのようなひどい出来の顔から、脈がひとつ打たれるたび、船を取り囲んだ壁に伝わっていった。
 かつて船長だったネオロイザーが、仕留め切れなかったギンザの失策を責めた。詫びるギンザを庇ったのは、あれだったのだ。
『まぁ、良い』
 音に出ず、心に直接響くその声が、ギンザは嫌いだった。己の内面を撫でられるようにぞっとする。
『しばらくは、遊ぶとしよう。それもまた、いい…』
 棒読みのような声だと、ギンザは思った。言葉を覚えたての生物が、たどたどしく紡いでいるようにも思える。
 これは、一体なんだ…?
 瞬間ギンザの胸を掠めた疑問は、すぐになにかによって摘み取られてしまった。

「リンゼ様」

 茫洋と視線を彷徨わせたまま、表情の無いリンゼの前でギンザは跪いた。リンゼの髪がふわりと揺れる。けれど、目に光が戻ることは無かった。
「…リンゼ様」
 動かないリンゼを前に、ギンザは思い出していた。
 あまりに対照的に、よく動いていたからかもしれない。
 リンゼの座る椅子の向こう、地球にいる彼ら。
「シャイニンジャー…」
 早く彼らを仕留めなければ。あれは、リンゼを元に戻せると言ったのだ。そのために、シャイニンジャーを倒せと。
 ギンザはゆるぎない決意を込めて地球を睨んだ。
 シャイニンジャー、次は、斬る…!



 秋から冬にかけてが、寝具業界のかきいれ時だ。昨年は予報が外れ、暖冬で痛い目を見たのを思い出し、ブルーはため息をついた。
「お、ため息なんかついて。幸せが逃げるぜ?」
 煎餅を頬張りながらブラックが告げた。シャイニンジャー秘密基地のメインルームは相変わらずの空気だった。緊張しているようで、間延びしている。
「幸せのため息ですよ。持ち駒が戻ったのが嬉しくて、つい」
 俺のことかよ、とブラックが不味そうな顔をする。
「でも良かったよね、ブラック。変身できるようになって」
 レッドが無邪気に喜ぶ。その横で一緒に参考書を広げていた美沙が、ブラックを見て舌を出した。
「熊と戦いそうになって、ですか。やはり、最前線に送り出すのが一番早かったようですね」
「そりゃ結果論だろうが」
 あ〜あ、とブラックが伸びをする。耐えかねた長官が小言の一言でもくれようかと口を開いた瞬間、オペレーターが叫んだ。
「ネオロイザー出現!座標65.290.76.108!モニターに出ます!」
 その声が終わるか終わらないかの内に、メインモニターにネオロイザーの姿が映し出された。途端にブラックが茶を吹き出す。「やだぁ、きったない」と美沙が抗議の声を上げた。
 ネオロイザーの頭は枕の形をしていた。というか、どう見ても目がついているだけの枕である。マントのように巻いている布は、羽毛布団のようだ。
『マクマクラン!』
 ネオロイザーの声を聞いた瞬間、耐え切れないというようにブラックが笑い転げた。首から下げた数珠が音を立てる。それを横目に、顔色ひとつ変えないブルーが立ち上がった。
「ブルー?」
「瞬殺してきます。これからがシーズンだと言うのに、こんなことで寝具のイメージが下がったらと思うと、ぞっとしますよ」
 不快そうに眉を顰めながら、ブルーはネオロイザーを睨んだ。
「待って、オレも行く」
 レッドが後を追う。
「俺も行くぜ」
 面白いモンが見れそうだ、とブラックも立ち上がった。
「ええっ、レッドさんも行くのぉ?」 美沙が抗議の声を上げる。
「…なんでお前がここにおるんだ。美沙、ちょっと来なさい」
 長官が静かに、しかしこめかみを押さえながら美沙を呼んだ。やば、と美沙は小さく舌打ちした。


 いつもなら、ネオロイザーの出現地帯には悲鳴が飛び交っている。逃げ惑う人々を避けながらその中心地に向うのは結構骨が折れるものだ。
 だが、この日は違った。人気の多い繁華街だというのに、辺りは静まり返っている。異変に気付いたレッドが、辺りを見回した。ゲームセンターに本屋、飲食店、ショッピングセンター、店はどこも開いている。店内の音楽が漏れ聞こえても、人の気配がなかった。
「お、おかしくない?」
「とりあえず、ネオロイザーんとこ行きゃわかるだろ」
 首を傾げるレッドに構わずブラックが駆けた。その通りです、とブルーが続く。
 角を曲がり、その景色を見た瞬間、三人は動きを止めた。
 駅前の広場の中心にネオロイザーがいる。その周りに人々が倒れていた。
「な…!」
 レッドが絶句する。
 側に倒れていた主婦らしい女性にブルーとブラックが駆け寄った。女性は、枕を大事そうに抱えて寝息を立てていた。いい夢でも見ているのか、幸せそうだ。
「…寝てますね」
「こっちのオッサンも寝てるだけだぜ?」
 その隣のサラリーマンも幸せそうな顔で寝ている。その頭の下には、女性と同じ枕があった。
「こっちの人もそう。ていうか、皆…」
 レッドが顔を上げる。見れば、広場に横たわり眠る全ての人々が、同じ枕を使ってた。
『マクマク〜、誰も私の枕の魅力には勝てんのだす!』
 ネオロイザーが勝ち誇ったように高笑いする。その口から、枕が飛び出した。
「うおっと」
 ブルー目がけて飛んだ枕を、その眼前でブラックがキャッチする。
「なんかやたらにさわり心地がいいな…」
 どこにでもありそうなデザインの枕を、ブラックはしげしげと見つめた。
「やばい、なんかこれ引き込まれるぜ。見てると使いたくなってくる」
「ふ、冗談でしょう?」
 冷笑したブルーがブラックの手から枕を奪った。
「私が今までどれだけの枕テストをしたと思っているんです?こんなありきたりな枕の…」
 勝ち誇ったように枕を抱え、頭に触れさせた途端、ブルーが倒れた。
「ブルー!?」
 慌ててレッドが駆け寄る。ブルーは健やかな寝息を立てていた。
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