無敵戦隊シャイニンジャー

Mission14: 「マンマンマン!」

 シャイニンジャー秘密基地、メインルームで野村長官は重く深いため息をついた。
 今後のことを思うと眩暈がする。ギンザがまた現れたらどうすべきか。シャイニンジャー達の戦闘能力を上げるためにすべきことはと考えなければならないことを指折り数える度に、胃に軽い痛みが走る。また口から漏れたため息に、ソファで雑誌を広げていたブラックが長官を見た。
「そんなに考え込んじゃ、胃に穴が開きますよ」
「もうとっくに開いとる」
「またまた〜」
 可可とブラックが笑い飛ばす。その対面でティーカップを傾けていたブルーが横目で長官を見る。心なしか普段は冷たい視線が柔らいでいた。
「まあ、気持ちはお察ししますよ。ギンザ再来を思うと、こちらも憂鬱です。圧倒的に力量が違いますからね」
 だからと言ってトレーニングする気はありませんが、と言いながらブルーは紅茶を飲んだ。
「ブルー、こないだトレーニングルームにいたじゃん」
 参考書から顔を上げたレッドが言う。ブルーの眉がぴくりと動いた。レッドを睨みながらブルーが口を開く。
「…あなたは」
「ネオロイザー反応!座標54.09.78.12です!モニターに転送します!」
 オペレーターの声が響く。とたんにメインルームに緊張が走った。
 ギンザか、と深い胃痛を覚えた長官がモニターを睨む。コンマ何秒かの砂嵐の後、それは現れた。

 ビルの屋上から街を見下ろすその姿。組まれた腕は細く、非力そうだ。しかし、眼光は鋭い。赤、青、黒の…等身大の饅頭たちである。俗に言う肉まんのようなフォルムに、ひょろ長い手足が生えていた。申し訳程度についている目が、彼らが生物だと伝える。風が吹いたのをきっかけに、彼らは名乗りを上げた。
『スパイシーな魅力!トウガラシパワー全開!赤マン!』
『合成着色料完備!食べれば常夏!ブルーハワイマン!』
『イカ墨の芳醇な香り!魅惑の国産黒豚使用!黒マン!』
『我等三人!合わせて!』
『マンマンマン!』

『この地で、シャイニンジャーを待つ…!』

 しばらくメインルームを沈黙が支配した。
 モニターの中では相変わらず並んだ饅頭たちが腕を組んで街を睨んでいる。屋上付近は風が強いのか、湯気が流れていた。
「…あちらさんのがよっぽどヤル気ねーな…」
 言いながらブラックが頭を掻いた。
「…これ、行かなきゃいけないんですかね?」
 ブルーが頭痛を覚えたような表情で言う。
「…ブラックだけ、やたらに美味しそうじゃない?」
 レッドがのんびりとした感想を漏らした。
 それら全てを聞き、そしてモニターを見て、目を閉じ、深呼吸をしてから、野村長官は祈るように頭を垂れて口を開いた。
「…すまん…行ってくれ…」
 長官はその時、オペレーターの同情の視線が突き刺さるようだと感じていた。


 街の様子が変だと気付いたのは、レッドだった。
 道行く人たちが悶えている。その口には、赤か青か黒の饅頭が投げ込まれていた。赤い饅頭の人は唇を腫らせながら水を求め、青い饅頭の人は得体の知れない中身に悶えていた。黒い饅頭の人は、美味さに恍惚としている。口に放り込まれた饅頭の色で明暗が分かれたようだ。
「なんだ、これは!?」
 レッドが叫ぶ。途端に高笑いが当たりに響いた。
『待ち焦がれたぞ、シャイニンジャー!』
 レッド達が振り返った先に、マンマンマンの姿があった。やはりどう見ても、等身大の饅頭達である。赤を中心に黒・青が両脇に控え、ポーズを決めると赤マンが叫んだ。
『我等はこの星に絶望した!』
 青マンが後を引き受ける。
『冬、その一時期だけ我等一族をもてはやし、夏場は存在すら忘れ去る!なんと薄情な地球の民よ!』
『夏を越せず賞味期限を迎えた我等が同胞の無念、この場で晴らしてくれる!』
 黒マンが言い終わると同時に名乗りを上げる。
『怒りのレッド!赤マン』
『冬を前に賞味期限を迎えた仲間の、青ざめた魂を感じるブルーハワイマン!』
『どす黒い憎悪をこの身に焼き付けた、黒マン!』
「あ、俺らが来る前に小奇麗にまとめたんだな」とブラックが呟く。「俺は前の方が好きだったんだけどな」
『我等三人合わせて!』
 赤マンの叫びに残りの二人が呼応した。
『マンマンマン!』
 そのコンビネーションの良さを、レッドはうらやましく思った。やはり、ヒーローと言えば全員が連携しての名乗りだろう。一度くらいやりたかったな、とレッドが嘆息する前にブルーが口を開く。
「あんなのやりたいなんて言わないで下さいよ」
「まだ言ってないよ」
 レッドが抗議する。どうせ考えていたんでしょうにとブルーが鼻で笑った。
「おまけに何をぬるいことを」
 言いながらブルーがマンマンマンを睨みすえる。軽蔑を含んだような笑みが口端に浮かんだ。
「夏場に食べてもらう努力もせずに、無念ばかりを連呼とは片腹痛い。同じく冬の代名詞だったラーメンは、夏場は冷やしラーメンで乗り切っていますよ。少しは見習ったらどうですか」
『なんだと!?』
 ああ、そうだなぁとブラックが言った。
「だいたい、本来もてはやされるべき季節に話題に上がらないモンもあるよな。冬場に適したアイスとか。こたつで食うのが美味いから、夏は全然見向きもされねー」
 そんな恐ろしいことが、とマンマンマンが小刻みに震えた。
「そうですよ。それに、冬に必ず需要があるだけいいじゃないですか。一過性のブームで忘れ去られた食べ物は山のようにありますよ。貴方がたは冬になれば必ず話題になるじゃないですか」
「あるなぁ、ブーム。そんときゃ美味いと思うんだけど長続きしねーんだよなぁ」
 ブルーの言葉にブラックが同意する。
 説得にかかる二人の後姿を見て、まさか、とレッドは思った。
 まさかこの二人、変身せずに済まそうとしている…?いいや、疑念はよくないとレッドは頭を振った。
『それは…』
 動揺に震えるマンマンマンに、ブルーが微笑みかけた。営業用のさわやかスマイルだ。
「冬の寒さに貴方がたを買い求めて、そのぬくもりと味にほっと笑顔になる。それ以上の何を求めると言うんです」
 それとも、と一旦言葉を切って、ブルーは瞳を伏せた。

「それとも、その笑顔を忘れてしまったんですか…?」

 悲しそうに告げるブルーの演技力にブラックは驚いていた。計算でここまで出来るのか。恐ろしいと肝を冷やしつつ、後ろで本当に感動しているレッドの将来を心配する。
『兄者…』
 黒マンと青マンがうなだれた赤マンを見た。
『我等は…』
 下を向く三人に、ブルーが歩み寄った。懐から契約書を取り出し、三人の前に広げる。
「まだまだ貴方達を必要としている人はいますよ。だから、ここにサインを」
『あ、あ…』
 赤マンが震えながら手を伸ばす。その手は、ブルーが差し出したボールペンを掴んだ。

「長官…」
 シャイニンジャー秘密基地のメインルームで事の成り行きを見ていたオペレーターが長官を振り返った。
「なにも言うな…」
 組んだ腕を額につけた長官が、懊悩深くため息をつく。それは地底にまで届きそうな重さを持っていた。


 取材お断りのネオロイザーのラーメン屋に、新しいメニューが追加された。
『激烈辛党に最適!赤マン』
『なんだかクセになる!ブルーハワイマン』
『魅惑の美味さ!通の味!黒マン』
 三者三様にそれなりに売れ、アルバイト先でのレッドの忙しさは増した。赤、青、黒の饅頭をそろえた「マンマンマンセット」を見るにつけ、この間のネオロイザーはどうなったんだろうかと思いを馳せる。マンマンマンの処理は自分に任せろとブルーが言い、不満を述べそうなレッドをブラックが強引に基地に連れ戻したのだ。
 名乗り上げがかっこよかったな、うらやましいとレッドは思った。自分達がそれをする日は当分来なさそうだ。
 マンマンマンは、そんなレッドの傍にある鉄板の向こう、店の奥の調理場で今日も饅頭を作っている。


〔Mission14:終了〕
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