無敵戦隊シャイニンジャー

Mission15: 「名前・なまえ・ナマエ」

 それを聞いた時、シャイニングブラックこと龍堂悔は笑顔のまま硬直した。
「マジっすか?」
「本人からの希望もある。受けるか否かはお前次第だ」
 対面に座る野村長官が慎重に言葉を選ぶ。医療サミットに出席するステファン医師の護衛役をステファン自ら指名したのだ。曰く、ブラックに。
「シークレットサービスでも構わんのだが、このところ妙な事件もあってな」
「妙な?」
「各界の著名人や一部の都市で名前を失くす事件が起きている」
 奇妙なことに、覚えていないのは名前だけなのだと言う。そのほかの記憶はあるが名前を失うことで自分を認識できなくなり、日常生活や仕事に支障が出るのだと野村長官は告げた。しかも本来の名前を教えても、どうしても受け入れられないらしい。
「はあ、名前、ねぇ…。それにネオロイザーが絡んでると?」
「少なくとも事故でも疫病でもないことは確かだ。今度の医療サミットには世界中の医師が集まる。ネオロイザーであると仮定すればやっかいなことになるぞ」
 うーん、とブラックは思案した。別になにか懸念があるわけではない。純粋に面倒なだけだ。医師の集まるサミット会場と考えるだけで堅苦しさに息が詰まる。
「やっぱり、シー…」
「やってくれるわよねぇ、カイ?」
 あははと笑いながら断りかけたブラックの頬を、ステファンが押す。いつの間に背後に忍び寄ったのか、まるで気配を感じなかった。ブラックの顔から一斉に血の気が引いていく。
「命の恩人様の言うことですもんねぇ…?」
 ステファンの指先、綺麗に整えられたつけ爪がブラックの頬に食い込む。殺気すら滲む気配に、ブラックはうなだれた。
「ええ、もう、喜んで…」
「でしょう!じゃあ、早速行きましょうよ!」
 絶望的なブラックの表情とは対照的に、ほがらかなステファンの声がメインルームに響いた。

 普通こういう時にはスーツになるんじゃないかとブラックは言った。近代的な建築物である医療サミットの会場に黒の作務衣、藁草履に数珠では異様に浮く。着替える間もなく引っ張ってこられるとは予想だにしなかった。ブラックとは違い、きっちりとスーツを着こなしたステファンが、くるりと振り返る。きちんと纏めた長い金髪に、なんの必要があるのか伊達メガネをかけていた。
「いいじゃない。クレイジーなのって言っておくわ」
「おい、それはフォローなのか!?」
 ぼやきながら会場に入る。当たり前のように皆スーツだ。奇異の視線に晒されながら、ブラックはこれでネオロイザーが出なければ生き恥だとぼやく。
「その服お気に入りじゃないの?」
「TPOは選ぶもんだ」
 基地じゃまんまのくせに、とステファンがからかうように笑った。
「俺こそ、お前がこういうとこに顔を出す主義だとは思わなかったぜ」
「人は意外性でのみ成り立つものよ」
 惚れちゃダメよと言いながら、ステファンが扉を開ける。
 会場にはすでに、ネオロイザーが現れていた。

 会場は広かった。扇状に机が並び、本来であれば有意義な論議がなされる壇上にネオロイザーが座っている。会場のそこここにサミットに集まった医師達が倒れ伏し、その体から白い煙のようなオーラが立ち昇っていた。それぞれの名前をかたどったオーラが、ネオロイザーの口に吸い込まれていく。
『名前は人の魂!うん、うまい!』
 満足げにネオロイザーが口元を拭った。その姿は、アフリカの民族が作る仮面に似ていた。木製に近いボディに極彩色のペイントが施されている。どこからが顔でどこからが胴か、判別がつかない。長方形の体の真ん中に、ぽっかりと大きな口が開いている。
 扉を開けたままのステファンに、ネオロイザーが気付いた。
『お前の名前も頂きだ!』
 ネオロイザーがステファンを指し示す。途端にステファンの体が白く光りだした。
「シャイニング・オン!」
 シャイニングブレスを掲げたブラックが叫ぶ。変身時の黒い光が、ステファンから立ち昇るオーラを体に押し戻していった。
「これは…!」
 呆然とするステファンの前にブラックが立った。ネオロイザーに向き合うと、ブラックは鼻をこすった。
「来た甲斐があったぜ!ネオロイザー!」
『むむぅ、邪魔をしおって!お前の名前も頂きだ!』
 ネオロイザーが叫ぶと共に、ブラックの体から黒いオーラが滲み出た。
「カイ!」
 ステファンが叫ぶ。
 ゆっくりと、オーラがブラックの名前をかたどる。
『ぐはははは!』
 高笑いと共にそれを吸い込もうとネオロイザーが口を開けた。飲まれていくオーラを見送っていたブラックが、何の気なしに手を伸ばすと、それを掴んだ。
「あ、掴める」
『そんな馬鹿な!』
 ネオロイザーが叫ぶ。
「ああ」 と心当たりに思い至ったブラックが呟いた。
「そういや、スーツが進化してから出来ることが結構増えてたっけ」
 例えば暗闇を作るとか、と呟きながらブラックはオーラを引き寄せた。そのまま体に巻くように纏ってやると、オーラはブラックの身に吸い込まれるように消えていった。
「名前には執着があってね。手放す気にはならないんだわ、これが」
 ブラックが笑う。
『うぬぅ…!』
 ネオロイザーが後ずさる。
「さーて、おしおきと行きますか」
 ブラックが腕を鳴らした瞬間、ネオロイザーが叫んだ。空間を震わせる音波に、ブラックが思わず耳を塞ぐ。
 その間隙を縫って、ネオロイザーは姿をくらませた。
「逃げやがった!」
 ブラックが辺りを見回すが、ネオロイザーの姿はどこにもない。
「馬鹿!」
 ステファンが叫ぶ。彼は即座に通信機を使って長官に報告を入れた。
「カイがミスったわ。逃がしたみたい。近隣地帯に出現する可能性があるわ。…ええ、そう、わかってる」
 変身を解いたブラックを見て、ステファンは不敵な笑みを浮かべた。
「お仕置きはきっちりしておくわ…ええ、死なない程度に」
 逃げようとしたブラックの首に巻かれた数珠を片手で掴む。喉を詰まらせたブラックが小声で呻いた。
「アンタ、なんでアタシが指名したかわかってんの」
 通信を切ったステファンが凄む。鬼気迫る殺気が背中を押す。振り返りたくない、とブラックは思った。
「名前絡みだったからだろ」
「わかってるんなら、しっかりやんなさいよ!」
 この馬鹿!と尚も数珠で締め上げられながら、ブラックはレッドとブルーの顔を思い出した。あいつらは大丈夫だろうか、これから自分はとても大丈夫ではないのだが。
 黄泉で会おうぜ。
 さわやかな笑顔で諦観の念を表しながら、ブラックはステファンに引きずられていった。
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