「話は聞きました。ブラックが逃したと?」
ブルーが心底面倒そうに言った。待ち合わせた駅の直ぐそばで、通り行く人々を眺めながらレッドに話しかける。
「うん、そう。ブラックはまだステファン医師の警護があるから来られないみたい。攻撃タイプが今までにない型だから、二人で対応するようにって長官が」
「こちらに来るとも限らないでしょうに」
ブルーが吐き捨てた。
「うん、でも」
レッドが通りを見ながら言う。
「もう来ちゃったみたい」
通りには、名前をなくした人々が彷徨っていた。自分の名前を奪われると、なんの為に生きているのか、どこに行こうとしたのかという「自分」に関わる根本的な部分も合わせて失ってしまうらしい。
「わたしは誰?」「なにをしていたの?」と目的を失った人々が溢れていた。
「全く、面倒なことを」
ブルーが嘆息する。ネクタイを緩めた瞬間、ネオロイザーが二人の目の前に現れた。
「ネオロイザー!」
レッドが叫ぶ。
『お前達からも頂いてやるぞ、それ!』
レッドとブルーの体から、赤と青のオーラが現れた。二人が動きを止めて自分達の体を纏うオーラを見つめる。
「な!?」
「これは…!」
それぞれの名前をかたどったオーラが、瞬く間にネオロイザーの口に吸い込まれていった。
「う…!?」
レッドは膝をついた。なぜだろう、急に体の力が抜けてしまった。
そもそもどうしてここにいるのかわからない。何をしていた?
『ぐははは、お前達の名前を頂いたぞ!』
高笑いしているアレはなんだ?
「わからない…オレは…」
自分が誰なのか、まるでわからない。地面に手をつくと、右手に巻いたシャイニングブレスが目に入った。
これはなんだ?
顔を上げたレッドの視界に太陽が入った。眩しさに目を細め、手をかざす。その光景に、見覚えがあった。
『あなたが全てを照らしますように』
記憶の奥、教会のステンドグラスが柔らかな光を落とす中で、年老いた修道女が諭すように告げた。幼き日の思い出、戯れに尋ねてみた自分の名前の由来。覚えている。あの声も、笑顔も、手の暖かさも、まだまだ全部覚えている。
自分の手を取り、手のひらに指先をすべらせて、その漢字と意味を教えてくれた。記憶と共にその軌跡を辿る。瞬間、全てがレッドの中に戻ってきた。
「…太陽…」
呟いたレッドは太陽を見ると唇を噛み締め、ネオロイザーに向き直った。
「オレは青葉太陽!シャイニングレッドだ!」
『なにぃ!?』
見得を切るレッドに驚いたネオロイザーは、次の瞬間哄笑した。
『ぐはは、お前には通じなかったか!だがソイツはどうかな?』
「ブルー!」
ネオロイザーの言葉にレッドがブルーを振り返る。
よろめいたブルーのスーツから名刺入れが落ちた。弾みで何枚か名刺が零れる。拾おうと身をかがめたブルーが、その手を止めた。
『斎藤寝具 副社長
斉藤貢』
落ちた自分の名刺を凝視する。
「私の、名前は…」
呻くようにブルーは言った。
耳の奥から波の音がする。こびりついたまま離れない、あの忌まわしい音が。
カモメの鳴き声、波の音、凍てつくような冬の海。凍てついた―――
忘れるわけが無い。
あの日、胸に刻み込んだのだ。
自分を振り返らない両親の背中と共に、自分の存在価値を知った。
忘れるわけが、ない…!
「貢…!」
きつく噛み締めた唇から零れた言葉、自分の名前。
「会社の為にその人生を捧げろと言う、ありがたい名ですよ…!」
ブルーが恨めしげに呟いた言葉を、レッドは確かに耳にした。思わずブルーを見やる。
レッドの視線を気にも留めずに、悠然とブルーが立ち上がった。ネクタイを締め直し、胸を張る。その姿は、もういつものブルーの姿だ。
『な、なんだと!?』
立ち上がったブルーにネオロイザーがたじろいだ。
名刺を拾い上げたブルーが、台紙に唇を寄せる。
「忘れるわけがありません。サラリーマンにとって、自分の名前は命ですからね」
これは差し上げますよ、と言ってブルーが名刺を投げた。
「皆の名前も返してもらうぞ!」
レッドが叫ぶ。右腕を掲げると、シャイニングブレスが陽光に煌いた。ブルーも同時にキーワードを叫ぶ。
「シャイニング・オン!」
目もくらむような光の洪水の後に、赤と青の戦士の姿があった。
ネオロイザーが消滅したことで、名前を失くした人々にそれぞれの記憶が戻って行った。街のあちこちで我に返った人々が慌しく日常に駆け戻っていく。その様子を見たブルーが、ようやく一息ついた。
「やれやれ、一時はどうなるかと思いましたよ。これで、皆も元に戻るでしょう」
「うん、良かった」
レッドも笑みを漏らす。ふ、となにかに気付いたように、レッドはブルーを見た。
「なんです?」 ブルーが怪訝そうに眉を寄せる。
「あの、さ。さっき…」
『会社の為にその人生を捧げろと言う、ありがたい名ですよ…!』
絞り出すように紡がれた言葉の真意を問おうとして、レッドは口を開きかけた。ブルーの表情を見て、自分がそう言った認識がないようだと気付く。
「…やっぱいい」
「なんですか。気味の悪い」
言うべきことはきちんと言いなさい。だからあなたはダメなんですとブルーが毒づいた。と、ブルーの携帯が鳴る。着信画面を見たブルーが眉をしかめた。
「ああ、いけない。会議の時間です。では、これで」
レッドの返事を待たずに、ブルーが片手を上げてその場を後にした。呆然と後姿を見送ったレッドが、そろそろ基地に戻ろうとした時だった。
「あの…」
ふいにかけられた声に振り向く。
レッドの後ろに、初老の男性が立っていた。年は長官くらいだろうか。仕立ての良いスーツに、丁寧に撫で付けた白髪交じりの髪。穏やかそうな物腰だが、背筋はぴんと伸びている。
「レッドさん、ですよね?」
わかりきっているが念のため、というニュアンスの言葉に、レッドは「はい」と頷いた。
「いつも貢がお世話になっております」
自分よりもはるかに年配の人間にきっちりと腰を折って挨拶をされ、レッドはうろたえた。
「お世話って…え、え?」
急いで心のアドレス帳をめくる。みつぐ、みつぐ…知り合いにいただろうか?
男性が頭を上げた。心当たりのなさそうなレッドの顔を見て、にこりと微笑む。
「私、斉藤貢の父でございます。なんと申しましたか、そう、シャイニングブルーの」
「ああ、ブルーの!」
ほっとしつつ胸を撫で下ろしたレッドが、次の瞬間驚きの声を上げた。
「ええっ、ブルーの!?」
「はい」
にこやかに、老紳士はそう答えた。
〔Mission15:終了〕