無敵戦隊シャイニンジャー

Mission16: 「海の呼ぶ声」

 北極の上空にあるネオロイザーの母船、唯一空気の澄んだリンゼの部屋では相変わらず白い花々が揺れていた。リンゼの瞳が無感動にその景色を映す。
 表情を無くしたリンゼにとギンザが持ち込んだのは、キュービックタイプの映像装置だった。地球の自然は美しい。様々な風景がリンゼの癒しになればと思ったのだ。小石大のリモコンを押せば、バスケットボールほどの大きさの立体映像が浮かび上がる。リンゼの傍らで、ギンザが映像を切り替える途中にそれが映った。
 ネオロイザーに対峙するレッドとブルーの姿。
 思わず、ギンザの手が止まる。
 名前を奪われ一度膝をついた彼らは、しかし、立ち上がった。
 変身の光が辺りを包んだその瞬間、リンゼの頬に赤みが差す。映像に見入っていたギンザは気付かなかった。
「この人…」
 唇からこぼれるように、言葉が滑り出ていた。
 輝く光を受けながら、リンゼがうっすらと微笑む。
「…あたたかい…」
「リンゼ様!?」
 久々に聞くリンゼの声に、ギンザが慌てて振り返る。弾みでリモコンを落としてしまった。 映像が途切れ、光が絶えると同時に、リンゼの顔からも表情が失せていった。
「リンゼ様!」
 まるでギンザの声など聞こえないかのように、リンゼの表情は変わらなかった。錯覚だったのだろうか。いいや、確かに聞いた。
「…リンゼ様…」
 もう映像の無くなった空間をギンザが睨む。その視線の先に、地球があった。



 レッドは手渡された名刺を何度も見つめた。
『斎藤寝具 社長
         斉藤 忠志』
 それから、顔を上げる。ブルーの父親であると名乗った男性、斉藤社長は穏やかに微笑んでいた。やはりどこかブルーに似ている、とレッドは妙に感心した。
 喫茶店の扉が開く度に、ブリキのベルがからんと鳴る。
 音につられて入り口に顔をやったレッドが、改めて目の前に座る斎藤社長に向き直った。
「すみません、急に。なにかご予定があったのでは?」
「えっ、いいえ」
 レッドは慌てて頭を振った。
「あの、今日は一体…」
「本来はこうすること自体がマナー違反でしょうね。申し訳ない」
 ウェイトレスが運んできたコーヒーに目線を落としながら斎藤社長が言った。
「ですが、私は心配だったのですよ。あの子が」
 揺れる湯気に斉藤社長の声が混じる。その真剣さを、レッドはうらやましいと思った。

 シャイニングブルーこと斉藤貢は、斉藤家の長男として28年前にこの世に生を受けた。男の子の誕生に、家族は手放しで喜んだと言う。
「その前に、長女が生まれていたんですがね。男の子も欲しかったので、そりゃあもう喜びましたよ。いつか親子で腹を割って酒を酌み交わしたりしたかったですからね」
 照れたように斉藤社長ははにかんだ。
「今はできるんじゃないですか?」
 レッドの言葉に、その笑みが消える。二、三度指を組み替えて、言葉を探すようなそぶりを見せた後、斎藤社長は口を開いた。
「…あの子は、どうですか?」
 質問の意図を掴みかねたレッドが小首を傾げる。
「うまく…やっていけているのでしょうか。基地の皆さんと」
「え…」
 レッドが絶句した。
 ブルーの基地での態度を告げていいものかと迷ったのだ。会社での振る舞いとまるで違ったと宮田主任がぼやいていたことを思い出す。
「会社では」
 斎藤社長はなにかを噛み締めるように言葉を続けた。
「…まるで見本のような態度で勤務に臨んでいます。親の欲目かもしれませんが、飲み込みも早い。ですが」

 いつからか、あの子は私の前で笑わなくなってしまった。

「本心からの笑み、とでも言うのでしょうか。気付けば、もう何年も見ていない気がするんです」
 お恥ずかしい話です、と斉藤社長は告げた。
「…オレは…ブルーのことを、よくわかっていないかもしれないけど」
 でも、とレッドは続けた。
「ブルーがブルーで良かったと思ってます」
 真っ直ぐに自分を見て告げられた言葉に、斎藤社長は息を呑んだ。我に返ったレッドが頭を掻く。
「あれ?でもこれじゃ返事になってませんよね。ええと…ブラックとはうまくやってるし、オレはよく怒られたりするけど…」
 しどろもどろに答えるレッドを見て、斎藤社長は口元をほころばせた。
「そうですか」
 良かった、と呟く。それでようやくレッドはほっとした。
「大丈夫ですよ、ブルーは」

 喫茶店を出ると、足が自然と駅へ向う。レッドは斎藤社長を見送ってから、基地に戻ろうと決めていた。
「今日はどうもありがとうございました」
 雑踏の中足を止めた斉藤社長が丁寧に腰を折る。レッドは慌ててお辞儀を仕返した。
「いえっ、オレも楽しかったです。コーヒー、ごちそうさまでした」
「そう言ってもらえると助かります」
 ははは、と笑う斎藤社長に、レッドもつられて笑った。
「また、お会いできますか?」
「そうですね。今度はブラック達も一緒に。もちろん、ブルーとブルーのお姉さんも」
 レッドの言葉に斎藤社長が目を見開いた。瞬く間に伏せられる視線に、レッドが驚く。
「…あの子の姉は…もういないんです…」
「え?」
 レッドは、駅前の雑踏の中で音が消えていくような錯覚に捕らわれた。
 動きを止めた二人を避けるように人が歩いていく。どのくらい、そうしていただろう。沈黙を破ったのは斎藤社長だった。
「もう少し、時間をもらえますか」
 力なく、笑いながらレッドに告げる。
 レッドは、断る理由を持ち合わせていなかった。
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