無敵戦隊シャイニンジャー

 二人が向ったのは、近場の海だった。駅を降りると冷たい潮風が頬を撫でる。冬の海は荒れていて、海岸には夏の混雑が嘘のように人気がなかった。
「ああ、丁度こんな天気でした」
 くすんだ空模様を見ながら、斎藤社長は目を細めた。コンクリートでできたいびつな階段を下って、砂浜に降り立つ。
「斎藤寝具、というのは私の父が始めた会社でした。こつこつとやってきた、本当に小さな会社です。でも、傍目には裕福に見えたんでしょうね。貢がようやく小学生に上がる、という頃でした。あの子と、娘が誘拐されてしまって」
「え」
 レッドは足を止めた。
 カモメが鳴いている。
「身代金はとても払えるような額ではなかった。けれど、あちこち走り回って、ようやく掻き集めて…渡しました、犯人に」
 波の音が合間合間に響いた。
「けれど、犯人は私達に二人を返すことなく、海に放ったのです」
 今くらいの季節でした、と斎藤社長が告げた。
「奇跡的にあの子は生きていた。けれど、娘は…あの子の隣で海に沈んでいったのです」
「…ブルーが…」
 レッドは思い出していた。宮田主任がシャイニングスーツの特性を説明した時だ。それぞれの色に縁があると言った際、ブルーが珍しく嫌悪感を剥き出しにした。
『この色が、私を呼んだ…?冗談じゃありませんよ。こんな色に縁なんかありません』
 海の青だ。ブルーはすぐにそれを連想したに違いない。レッドは確信した。
「…私達が間違ったのは、その時かもしれません」
 幼いブルーが目を覚ました時、目にしたのは姉の遺体に取りすがって泣き崩れる両親の姿だった。自分に背を向け、顧みようとはしない。生きている自分を振り返らないその背中が、ブルーの目にどう映ったか。
「あの時、私達はあの子を抱きしめてやるべきだったのに…!」
 深い後悔を滲ませて、斎藤社長が呻いた。
「きっと、あの子は私達を恨んでいるのでしょうね」
 潮風が吹く。薄い雲の切れ間から陽光が差し込んだ。
 その光に背を押されるようにレッドは口を開いていた。
「ブルーは、わかってますよ」

「お父さんの後悔も、自分のことも、きっと全部わかってます。だから、傍にいるんです」

「太陽君…」
 斉藤社長の唇がわなないた。
 瞬間、打ち寄せる波の合間からそれが現れた。
「危ない!」
 咄嗟にレッドが斎藤社長を押し飛ばす。二人がそれまで立っていた場所に、氷の束が突き刺さった。
「ネオロイザーか!」
 レッドが海を睨む。
『その通り』
 海から、ネオロイザーが現れた。魚のような青い鱗が全身を覆っている。手は鎌のように研ぎ澄まされており、足には水かきが生えていた。
『ギンザ様の命だ。お前を連れ帰る』
「なんだと!?」
 レッドが身構える。ブレスを掲げ、キーワードを叫ぶ。赤い光にネオロイザーは目を細めた。ギンザ様の言っていた光はこれか。
「お父さん、逃げて!」
 斎藤社長にそう告げて、変身したレッドはネオロイザーに対峙した。自分がいては足手まといだと、斎藤社長が離れていく。その背を狙って、ネオロイザーは攻撃をしかけた。オーロラのような輝きをまとったビーム光線が斉藤社長めがけて飛んでいく。
「危ない!」
 レッドが叫ぶ。
「太陽君!」
 その身を盾にしたレッドを振り返った斎藤社長は言葉を失った。レッドのシャイニングスーツは燃えるような赤だ。そのスーツが、凍り付いている。庇う姿勢のまま、レッドは動かなかった。全身が凍ってしまっているのだ。

 シャイニングブレスの警報に、会議中のブルーと説教中のブラックは顔をしかめた。緊急コールだ。「失礼」とブルーは席を立ち、「ちょいと御免よ」とブラックはステファンの手をどけた。ネクタイを外し、駆け出しながら、ブルーは変身を遂げていた。ブラックも駆けながら変身する。行き先は、ブレスが告げていた。

『これでギンザ様の命が果たせるな』
 歩み寄るネオロイザーに対し、レッドの前に立ちはだかった斎藤社長は動こうとはしなかった。先ほどのレッドの笑顔が忘れられない。ここを動いてはいけないと、全身の力を振り絞ってそこに立っていた。
『どけ、人間』
「断る!」
『ならば排除するまでだ』
 ネオロイザーが鎌のような手を振り上げた。斎藤社長が目をつぶる。振り下ろされるその瞬間に、青と黒の光が走った。ネオロイザーの鎌が空を切る。
『なに!?』
 ネオロイザーが視線を上げると、離れた場所に凍りついたレッドを抱えるブラックと、斎藤社長の肩を抱えたブルーの姿があった。
「ひえ〜、カチコチだな」
 ブラックが凍りついたレッドを叩きながら、呑気な感想を漏らした。
「み、貢…」
 斎藤社長がブルーの青いマスクを見上げる。
「どうして貴方がここにいるんですか」
 ネオロイザーから視線をそらさないブルーは、明らかに気分を害したようだった。声が冷たい。
『レッドを渡せ』
 ネオロイザーが4人に向き直った。
「お断りだね」
 ブラックが不敵に笑う。クク、とネオロイザーが肩を揺らした。
『お前らにその氷が溶けるとでも?断っておくが、地球上のどんな科学を集めたとしても溶けやしないぞ』
「やってみなければわからないでしょう?」
 ブルーが受けてたつ。
「そうともさ!」
 でもとりあえず逃げるぜ!とブラックが言い、ブルーはそれに同意した。


「で、とりあえず逃げてきたわけか」
 報告を聞いた野村長官は頭を抱えた。目の前に立つブルーとブラック、その隣に置かれたレッドの氷像を見てはため息をついた。レッドのシャイニングスーツを覆った氷は、時間が経とうと湯をかけようと溶ける気配を見せなかった。
「…ま、状況判断としては的確ではある」
 しかし、と野村長官はブルーを見た。
「何か算段があるのか?」
 言われたブルーがブラックに視線をやった。
「以前、彼から聞きましたが、シャイニングスーツが進化した際、色にちなんだ特殊能力が備わるようです。だから、私のスーツが進化すれば、あるいは」
 できるかもしれませんね、とブルーは告げた。
「出来るのか?」
「高いですよ?」
 微塵も動揺の気配を見せずにブルーが言う。長官は抉るような胃の痛みを覚えた。


〔Mission16:終了〕

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