無敵戦隊シャイニンジャー

Mission17: 「海の深さを憎む者〜BLUE〜」

 凍りついたレッドの体、シャイニングスーツの上からなされた検査の結果を見て、ステファン医師は眉を寄せた。
 取り付けられた検査装置がレッドの脈拍や体温をリアルタイムで計測し続ける。吐き出される波状のグラフは、微弱な波動を描いていた。
「生きてるわ。一応、ね」
 その声に長官がほっと胸を撫で下ろす。
「安心しないで。体温はどんどん下がっていってる。スーツがあるからある程度の保温性は保たれているけど、それにしたって時間の問題よ」
 厳しい視線で長官に告げたステファンがブルーに向き直る。
「猶予は?」
「この調子で体温が下がり続けたと仮定して、2日。それ以上は坊やの体が持たないわ。スーツの中で凍死するわね」
 ステファンの言葉に、その場にいた誰もが息を呑んだ。
「そ、そんな…レッドさん…」
 ナナが肩を震わせる。
 ブラックはレッドを眺めるブルーに視線をやった。いつもそうだが、表情から感情が読めない。先ほどブルーが長官に告げた言葉が気にかかった。まるであっさりと進化が出来ると言わんばかりのブルーの発言。
 勝算があるのだろうか?
 ブラックは迷った。
 山に住むネオロイザーのことを伏せるため、進化のきっかけすら虚偽の理由を報告してある。勿論レッドにもブルーにも、本当のことなど告げてはいない。
 言うべきだろうか、ブルーに。あれは、ダメなのだと。
 理論や願望ではなく、心に向き合わねば。
 思案するブラックの視線に気付いたブルーが顔を上げた。
「なんです?」
「いや、まぁ、…別に」
 出来んのかと思ってよ、と漏らしたブラックの言葉にブルーが眉を顰めた。
「日本語は正確にお願いしますよ。出来るのかな、ではなく、やらなければでしょう?」
 ブルーが凍りついた体のレッドを睨む。庇う姿勢のまま凍てついたレッドの体。
 ブルーは、心配するわけでも、気遣うわけでもなく、ただ睨んでいた。

 シャイニンジャー秘密基地のゲストルームに案内されていた斎藤社長は、急に扉が開いたことに慌てて腰を浮かせた。
「貢!」
 ゲストルームの入り口にブルーが厳しい顔をして立っている。
「太陽君は無事か?」
「立派に瀕死です。すみませんが、明後日まで会社を休ませてもらいますよ。しなければならないことが出来ました」
「ああ」
 落胆にも似たため息をつきながら、斎藤社長が椅子に腰を下ろす。そうしなければ、体を支えていられないようだった。弱りきったような姿が、心底レッドを案じているのだとわかる。
 かつてもそうだったのだろうか。
 ブルーは心によぎった疑問を無視した。
「…何を」
「え?」
「何を話していたんですか、彼と」
 責めるような声に、斉藤社長が不安げな顔をした。
「例え他のメンバーの身内と言えども、シャイニンジャーに対する個人的な接触は認められていないはずです。応じたレッドも馬鹿ですが」
 あなたも、と言いかけてブルーは別の言葉を探した。
「社長も、もっと考えてしかるべきでした」
「貢…」
 嫌悪感を滲ませて自分を睨むブルーを、斎藤社長はすがるように見た。
「怒っているのか」
「当然です」
 ブルーは珍しく怒気を露にした。

「レッドが庇わねば、社長は死ぬところだったんですよ」

 斎藤社長が目を見開く。張り詰めた空気が、ブルーが本気で怒っていることを証明していた。
 怒っている。なぜ、と考えた斎藤社長の顔が知らずほころんだ。
 心配しているからだ。
 そこにかすかな光が差した気がした。
「もう少しご自分の立場を顧みてはいかがですか」
 ブルーの言葉に、斎藤社長は頭を掻いた。
「面目ない」
「…わかっていただけたなら結構。では、私は、行きますから」
 ブルーが静かに背を向けた。
「貢」
 慌てて顔を上げた斎藤社長が声を掛ける。ブルーは振り返らないまま立ち止まった。
「…気をつけて」
「ええ」
 ブルーの靴音が足早に遠ざかる。
 斎藤社長はいつまでもブルーの背を見送っていた。



 どこか情緒のある単線電車の走音に、宮田ナルは郷愁を感じた。基地から離れるのは久しぶりだ。窓から入る風が気持ちいい。時折軋むレールの音に、メンテが足りないのかといぶかしむ。それから、ふと対面に座る男の顔を見た。
「…あんた、どこ行くん?」
 白い顔をますます青ざめさせたブルーが、不機嫌そうに黙り込む。
「だいたい、あたしがついていってなんになるん?」
 基地で顔を会わすや否や、有無を言わさずに連れて来られた。強引さが珍しいというからしくないというか。宮田には不思議だったのだ。
「…スーツを作ったのは貴女じゃないですか。見届けてもらいますよ」
 思案したことを一気に吐き出すように言ったブルーは、失礼と断って席を立った。
 足取りがふらついて、顔色が悪い。酔ったのだろうか。
 電車がトンネルに入る。抜けた先には、一面の海原が視界に広がっていた。
「海や!」
 宮田が歓声を上げる。むっとするような潮風が車内に吹き荒れた。
 戻ったブルーが渋面を作る。
「あ、戻ったんか?ほら、海やで」
「…そうですね」
 海の青い色に当てられたかのように、ブルーは額を押さえた。体を投げ出すように座席に沈める。姿勢が崩れても、正そうとはしなかった。
「どうしたんや?」
「…すみません」
 消え入りそうな声でブルーが呟いた。吐きそうだ。
「窓…閉めて…」
 レールの振動で車内が揺れる。それに合わせてする振動音は確かに大きいのに、それでもブルーの耳には波の音が聞こえていた。合間を縫うように、さざめくように、密かに、確かに。
 忘れるなと言わんばかりに。
「あんた!?」
 窓を閉めた宮田がブルーの肩に触れた。血の気を失ったブルーを別人のようだと思う。
 ブルーが顔を上げる。
 電車は駅についていた。
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