無敵戦隊シャイニンジャー

 シャイニンジャー基地でうたた寝していたステファン医師は、警報の音に目を覚ました。
「何!?」
 慌てて警報を鳴らす機械に近寄る。温度装置だ。そこから紡ぎだされる波形に、ステファンの顔色が変わった。
「体温が上昇してる…いえ、違うわ。スーツの温度が上がってる」
 炎を象るレッドのスーツで氷を溶かそうというのか。ステファンはレッドを見た。氷の表面が雫を作り、合間から蒸気が漏れている。
「レッドさん…?」
 もぐりこんでいた美沙が不安げにレッドを見やった。
「まずいわね」
 ステファンが舌打ちする。
「え?」
「こんな急激な温度変化、体が持ちこたえられないわ」
 ステファンの言葉に美沙が顔色を失った。
「レッドさん!」
 凍ったレッドにすがりつきながら、叫ぶ。
「レッドさん、ダメです!死んじゃう…!」
「おい!」
 慌ててブラックがレッドから美沙を引き離した。美沙の手が、蒸気に触れたせいで赤く腫れている。レッドの体は熱が上昇しているのか、氷が蒸発していく湯気が見えた。
「…聞こえているのかどうかわかんねーけど、言うぞ。今、ブルーがお前を助けに行ってる。だから、待て」
 説き伏せるようにブラックが言う。それが届いたのかどうか、誰にも確認する術はない。それでも、レッドの体から吹き出ていた蒸気は止み、温度は平常に戻っていった。


 カモメの鳴く無人駅に降り立つと、視界の一面が海原だった。波の音が一層はっきりと聞こえ、冷たい潮風が頬を撫でる。駅に降りるなり座り込んだブルーは、しばらく姿を消すと戻ってきた。吐いていたようだ。
「あんた、大丈夫なん?」
「大丈夫に見えますか、これが」
 宮田に八つ当たるように、石段を降りる。
 憮然とした顔でその場に立ち尽くす宮田を振り返って、ブルーは困ったように微笑んだ。
「ここは、昔、姉と一緒に溺れた海です。姉はまだ、あそこにいます」
 ブルーが指差した海原を、宮田は信じられない思いで見つめた。背を向けて歩き出したブルーに、慌てて続く。石段を降りながら、ブルーは薄く微笑んだ。
「私は、海が嫌いなんです。理由は、まあ、姉の件もありますが…」
 二度とここには来ないと思っていた。
「自分に向き合うのが嫌だったんでしょうね」
 カモメが鳴く。まるで相槌のようだと宮田は思った。
 一気に吐いてしまおうとブルーが息を吸い込む。冬の冷えた空気が肺に入り込んだ。
「私は姉を助けられなかったんですよ。自分が生きるのに必死で、隣で沈んでいく姉に手を伸ばすことすら出来なかった」

 そして生き延びて見たもの。
 姉の亡骸に泣きすがって、自分を振り返らない両親の背中。
 どうして、僕を見ないの…?
 そう思ったあの時。
 自分の名前に思い至った。
『貢』
 貢は将来パパの会社を継ぐんだぞ、と言われたことを思い出す。それは他愛もない親子の会話だったにも関わらず、ブルーの心を引き裂くには十分な力を持っていた。
 僕は、会社のためだけに必要なんだ…!

 子供だったのだと、今なら思う。馬鹿らしいとも。
 そしてそれに引きずり続けられる自分に心底うんざりした。
 革靴が砂浜の感触に触れた。ブルーはロングコートを脱ぐと、無造作に砂場に放った。靴同士を擦り合わせるようにして、革靴を脱ぎ捨てる。片足を上げると、靴下を脱がしにかかった。
「…なにしとん?」
「人助けですよ」
 進化しなければならないのでしょう?とブルーは言った。
「私が私に向き合うのは、これっきりです。なにが起きても起きなくても責任は持ちませんよ」
 片足の靴下を脱ぎ捨て、一歩進むと残った右足の膝を曲げた。右足の靴下に手を伸ばして、無造作に投げ捨てる。コートも靴も靴下も、砂浜にばらばらに散らばって、まるで几帳面なブルーらしくなかった。
「見ていてくださいよ」
 宮田に念を押すようにブルーは告げた。
「でなければ、きっと逃げてしまうから」
 シャイニングブレスを巻いた右手を掲げる。ボタンを押すと、光線で出来たシャイニングソードが現れた。変身をしないまま、ブルーがそれを手にする。海に歩み寄ると、波に足を差し入れた。刺すような冷たさがブルーを襲う。それより、なによりも波の引く感触が彼に嫌悪感をもたらした。
 まるで無数の小さな手が自分を引いているようだ。
 幻想だ、と自分に言い聞かせる。
 ブルーは目を瞑った。
 むせるような潮の香り、波の音になにかが混じる。
『きっと、あの子は私達を恨んでいるのでしょうね』
 父の声だ、とブルーは思った。映像が脳裏に流れてくる。海の記憶が波を伝ってブルーに流れているのだ。
 ぐらり、と揺れかけたブルーの体を支えたのは、レッドの声だった。
『ブルーは、わかってますよ』
 光が差すようにレッドの姿が浮かぶ。
「…余計な、ことを…」
 ブルーは知らずに呟いていた。

『お父さんの後悔も、自分のことも、きっと全部わかってます。だから、傍にいるんです』

 レッドが微笑んでいるのが見えた瞬間、ブルーが瞠目する。
「馬鹿ですか、あなたは!人の家の事情に首突っ込んで瀕死?笑わせる…!」
 言い切ったブルーの顔が歪んだ。ぎり、と音がするほどに歯を食いしばる。
「これで何も起きなくったって、私は知りませんよ!」
 叫ぶや否や、ブルーは海にシャイニングソードを突き入れた。

 その瞬間、空も海も等しく青の光に包まれたのを、宮田は見た。


 戻って来たブルーがレッドに触れると、それだけでレッドの動きを止めていた氷は消えた。氷から解き放たれたレッドはすぐに変身が解除され、その場に倒れた。慌ててレッドを受け止めたステファンの腕の中で、レッドはかろうじてブルーを見た。
「…ありがとう」
 ブルーが眉を顰める。
「当然です」
 喉元まで出かかったレッドへの礼は、結局言葉になることはなかった。

 海の見える喫茶店で、レッドは斎藤社長と再会した。
「社長、次のスケジュールまで後5分です」
「まあ、いいじゃないか、貢。そう急がなくても」
 のんびりとした返事にブルーがぴくりと反応する。
「来客ですよ、社長。不義理をするわけにはいかないでしょう」
 まあまあ、とブルーをあしらいながら斉藤社長は微笑んだ。
「まあ、私達はこんなカンジですよ。それもこれも太陽君のお陰です。ありがとうございます」
 ぎゅっと両手を握られたレッドが慌てた。
「え、いや、オレ何も…」
「本当になにもしませんでしたよね」
 ブルーの言葉にレッドが動きを止めた。ブラックが慌ててフォローを入れる。
「まあま、今回はこいつも頑張ったんだしよ。ま、いーじゃねーか」
 可可と笑うブラックに斎藤社長は感涙した。
「君がブラック君だね。貢から、話はよく」
「一言も話してませんよ」
 全く、といらついたようにブルーが言った。それを微笑ましく見ていた斎藤社長が口を開く。
「そう言えば、貢の名前の由来、話してなかったかな」
「え?」
 レッドが意外そうな顔をした。

「世界中の人がお前に跪きますように…って願いを込めたんだよ」

「うわぁ…」
 波の音の合間にブラックが呟く声が、レッドには聞こえた。


〔Mission17:終了〕


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