無敵戦隊シャイニンジャー

Mission18: 「プライドと食欲×絶望への布石」

 水かきの張った足を引きずるように、ネオロイザーは歩いていた。全身覆い、かつてはぬめりを発していた青い鱗が今では焼き焦げている。鎌のように研ぎ澄まされた手で壁面に爪を立てると、そこに力を入れて這うように進んだ。
 レッドを凍りつかせた、あのネオロイザーである。名をギョーヌと言った。
 ネオロイザーの本拠地、彼らの宇宙船のメインブリッジにどうにか辿り着く。
「ギンザ様…!」
 扉を開けたギョーヌが、倒れこむように中に入り込んだ。メインブリッジは茶色の壁に覆われている。胎動する脈が、壁面に現れた無表情な顔に注ぎ込まれるように収縮していく。その前に、ギンザ達幹部がいた。
 白銀色の髪に銀の甲冑を纏ったギンザ。
 以前宮田を追ったことのある黒い鎧武者の体を持つネオロイザー。
 そして、かつては船長だった者の抜け殻である。
「ギョーヌか。どうした」
 焼けたようなギョーヌの姿を見て、ギンザが眉を顰めた。
「レッドを捕らえたのではなかったか?」
「それが…」
 がくりとギョーヌが膝を着く。
「ブラックとブルーに阻まれ、機会を伺っておりましたところ、ブルーが海に…」
 ブルーが進化を遂げたあの瞬間、ギョーヌは海にいたのだ。
「なにが起きたのか…海が、いいや、海も空も青く光り、私の体が…!」
 あの時の恐怖を思い出し、ギョーヌはわなわなと震えた。恐怖など、あってはならないものだ。けれど、あの瞬間、自分は紛れもなく恐怖した。焼けてゆく体に、理性など遠く及ばぬ、本能の部分で。
「ギンザ様!奴らは危険です!」
 力強く訴えたギョーヌは、ギンザの凍てつくような視線に硬直した。軽蔑しつくしたように自分を見下げる瞳。ひとつ間違えば即切り捨てられる気配がした。
「それで、貴様は逃げ帰ったというのか?」
 シャイニンジャーとは違うプレッシャーに、ギョーヌが息を呑む。
「い、いえ…!」
 ギョーヌは慌てて弁明した。
「材料を仕入れて参りました。奴らの結束に穴を開けるが吉かと…!」
「材料?」
 いぶかしむようなギンザの声に、ギョーヌは「失礼」と断ってその魚眼を大きく見開くと立体映像を映し出した。
「海から見ました。この網膜に焼き付けております」
 そこに映ったのは海に入ったブルーを見届けるように砂浜にいる人物、宮田主任の姿だった。
「ほ」
 黒い鎧武者が愉快そうな声を漏らす。
「話は聞いている。裏切り者か」
 ギンザが呟いた。
「あれをどうする」
 ギョーヌがにやりと微笑んだ。
「奴らの間に亀裂を入れてご覧にいれましょう。是非、私めにもう一度チャンスを…!」
 伏せるギョーヌを試すように見たギンザは、もう一度立体映像に向き直った。
 ぶれる宮田の姿に、まるで地球の女のようだと感想を漏らす。
「よかろう、お前にもう一度チャンスをくれてやる。だが、次はないぞ」
「ははっ」
 ギンザの言葉に、ギョーヌは更に頭を深く垂れた。


 シャイニンジャー秘密基地のメインルームでは、ブラックとブルーが深刻そうな顔を突き合わせていた。
「使えねぇな」
「使えないんですよ」
 はあ、と同時にため息をつく。その傍らで参考書を広げているレッドを見ると、ブルーは言った。
「あなたの話じゃありませんよ?」
「聞いてないよ」
 少しむっとしたようにレッドが言う。ブラックが空中に手をやる。そこにぼんやりとした暗闇が出来た。
「暗闇なんか作れたってなぁ。せめて星空ならデートに使えるのになぁ…。辺りに暗闇作って”二人っきりだぜ”なんつったって、ただの変態だよなぁ」
 はああ、と懊悩深くブラックが嘆息した。
「私なんかもっと深刻ですよ」
 ブルーが頭を抱えながら言う。
「水の状態変化はできるようです。氷、水、熱湯、水蒸気、その逆もまた然り。雑味を取って精製することも出来ます。すわぼろ儲けかと思ったんですがね。基本材料となる水そのものを精製することは出来ないんです」
 これではまるで意味がないとブルーもため息をついた。
「下水精製して売っちまったらいいじゃねーか」
「私が触るんですよ。お断りです」
 はあ、と二人揃ってため息をつく。
「あなた、気楽そうでいいですね」
 レッドを見たブルーが言った。
「そうかな」
 レッドがのんびりと答える。
「そうですよ」
「ま、それがいいんだけどな」
 ブラックが可可と笑った。
「お前ら…」
 長官が絶句する。2人が進化したのは喜ばしいことだ。しかし。
 どうしてこうも能力を使おうとする方向が違うのか。
 それは仮にも軍人である長官には理解しがたいことだった。使いようによっては、2人とも有効な能力のはずである。それを…。
「どうしました?」
「お、どうしたんすか?」
 異口同音に2人が告げる。長官が激昂しようとした瞬間に、罵声が飛んだ。
「このアホ共が!なんやいらんことに力使いよって!」
「宮田主任」
 思わずレッドが立ち上がる。
 ブラックは首をすくめ、ブルーは視線をそらした。
「なんの用です」
「ご挨拶極まれりやな。ま、用もなきゃここには来ぃへんけどな」
 顔を上げたブルーに、宮田は勝ち誇るように笑みを作った。
「ボーナス入ったで!今夜はあたしの奢りでカニ鍋や!」
「マジか、姐さん、かっこいいぜ!」
 ブラックがすかさず煽る。
「いいの!?」
 食事に釣られたレッドが腰を浮かした。
「いいも悪いもあるかい!ほれ、行くで!」
「それ、共食いなのでは…」
 小さく呟いたブルーの腹に宮田の肘が刺さる。
 浮かれ出て行く4人を見送った長官は重く深く長いため息をついたと言う。
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