無敵戦隊シャイニンジャー

Mission19: 「人魚姫は鱗を落とす」

「あれ、怪我したんですか?」
 メカニックルームの前を歩いていたブルーは足を止めた。見れば、メカニックスタッフが包帯をした宮田の手を気遣っている。
「いや、ちょっとな」
 曖昧に笑う宮田の顔に覇気がない気がした。
「昨日はかすり傷に見えましたがね。深かったんですか?」
 唐突に降ってきたブルーの声に、宮田がゆっくりと振り返る。
「違うわ。オイルやなんやで傷口に触るんが良くない思うてな」
 そうですか、とブルーは納得したようだった。
「ちゅーわけで、かすり傷や。さ、仕事するで」
 宮田がメカニックに手を振ってみせる。薄紫色の作業服はすでに機械油で汚れていた。初めて出逢った時も確かこういう後姿だったなと、なぜかブルーは懐かしく思った。

 宮田が異変に気付いたのは、一日の業務を終え、作業着を脱いだ時だった。
 鱗状の亀裂が、包帯からはみ出していた。まるで、腕をさかのぼる様に。朝は包帯の中に収まっていたはずだ。
 広がっているのだ。
「なんや、これ」
 痛みはない。けれど。
 恐る恐る包帯を解いてみる。ざあ、と鱗状に割れた肌が落ちてきた。
 自分の体が、ひび割れて、崩壊していく。
 宮田はそのまま動かなかった。自分の手が、かすかに震えているのに気付くのにもしばらくかかった。

「研究所にその症状が出たネオロイザーはいないわね。あっちの風土病なの?」
 シャイニンジャー秘密基地の医療ルームでステファン医師が髪をかき上げた。宮田が自分で巻こうとした包帯を取り上げて、巻き直す。淀みのないその仕草を見ながら、宮田はため息をついた。
「こんな病気、あらへん」
「なにか、心当たりとか」
 ステファンの言葉に宮田は手の甲を凝視した。この手を掠めたギョーヌの最後の鱗、あれが原因なのか…?
「とりあえず、はがれた皮膚のサンプルはもらうわ。一朝一夕でってことには行かないでしょうけど、ちょっと」
 自分の手の甲を見つめたまま動かない宮田の両肩に、ステファンが手を置いた。我に返った宮田が、はっとしたように顔を上げる。その黒い瞳を覗き込むようにしてステファンは告げた。
「…大丈夫?」
 一人で抱え込んじゃだめよ、とステファンは告げた。
 宮田が「わかっとる」と頷く。けれどその仕草はどこか茫洋としていて、ステファンの言葉が届いていないことを示していた。

 手がかりを探そうと、宮田は昨夜の現場へと向っていた。あいにく空が曇っていて、星は見えない。暗がりの中にぽつんと佇む電灯の光りだけを頼りに、宮田はギョーヌの鱗を捜した。あれがあれば、自分の体に起きた異変も解明できるのだろうか?
 ネオロイザーの体は生命停止と同時にその形を無へと変える。宮田とてそのことは熟知していた。
 けれど、もしも。
 そこにあったなら。
 暗闇の中宮田が手探りで探す、それは希望だった。
 その背後に影が忍び寄る。鐙が軋む独特の音に宮田が振り返る。
 いつか宮田を追いかけたことのある、黒い鎧武者姿のネオロイザーがそこにいた。電灯に照らされた鎧が黒光りしている。面の奥に隠された瞳は暗く、表情がまるで見えない。
「あんた、また…!」
 宮田が身構えた。黒武者は一定の距離を保ったまま、宮田に語りかける。
『急くな。今宵の我は使者。お前に手は出さぬ』
「使者やと…?」
 宮田が鼻で笑う。
「何の用や!」
『お前の、その手』
 黒武者の言葉に宮田は硬直した。冷水を浴びせかけられたようだ。
 なぜ、知っている。
『それは、呪いだ。お前には止められぬよ。徐々に体中に広がり、やがて死に至る』
「なん、やと…?」
『だが、我等は止める術を知っている』
 くく、と鎧武者が喉の奥で笑った。
『このまま体を崩れ落ちさせて死ぬか、我等の策に乗るか。二つにひとつだ』
「バカなこと…!」
『あまり力むな。広がるぞ』
 宮田が握り拳を作った弾みで、鱗状の亀裂が腕の付け根まで走り、肌が剥がれ落ちた。その奥にある宮田本来の肌にすら、ひび割れ始めている。
「な…!」
『いずれ返答を聞きに来よう』
 黒武者が闇に溶けるように姿を消す。宮田は、いつまでもその闇を睨んでいた。


 シャイニンジャー秘密基地のメインルームではブラックがふわあと欠伸をしていた。隣で参考書を開くレッドを横目にごろりと寝転ぶ。
「まー、よくやるわ」
 一人ごちると、次の瞬間にはぐうと寝息を立てる。お茶を出そうとしたナナは、その寝入りのよさに思わず苦笑した。
 入れなおした方がいいだろうかと湯飲みを下げかける。
「そのままでいいでしょうよ。甘やかすと後々ためになりませんよ」
 ネクタイを緩めながらメインルームにやってきたブルーが告げた。
「そ、そうでしょうか?」
「そうです。本当はぶっかけても許されるはずです」
「そりゃねーんじゃねーのか」
 ブラックが慌てて抗議する。
「なんだ、起きてたんだブラック」
 レッドがのんびりとした感想を漏らした。
「身に危険が及ぶと起きるタイプなんだよ」
「それはまた」
 ブルーが適当にあしらいながらソファに腰を下ろす。給湯室に向いかけたナナに、ブルーは声をかけた。
「私の分は結構。すぐ出ますので」
「あ、は、はい」
 盆を両手で抱きしめたまま、ナナはおずおずと答えた。しばらくそのままそこに留まり、それから、意を決したようにブルーに歩み寄る。
「あ、あの、ブルーさん…」
「なんです?」
「お、お話、が」
 なぜここでしないのか、という表情のブルーに、ナナの顔が赤くなる。どう言えばうまく伝わるのだろう。言葉を出す代わりに、ナナの足が震えだした。
 察したらしいブルーが立ち上がる。
「わかりました。ここではなんですで、あちらで」
 ナナを誘導するように、ブルーがメインルームから出て行く。その後姿を、ブラックはぽかんと口を開けて見送っていた。
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