無敵戦隊シャイニンジャー

 廊下に人気がないのを確かめて、ブルーが足を止めた。つられるようにナナも立ち止まる。
「なんです?私に話があるんでしょう?」
「は、はい…あの…」
 ナナは俯いた。
「内緒に…して欲しいって言われたんですけど、でも、あの、私、心配で…」
 ぎゅ、と盆を抱く。一緒に目を瞑って、決意するとナナは顔を上げた。
「昨日、宮田主任が…」
 その名を聞いた瞬間、ブルーの周りの空気が揺らいだ気が、した。

 ブルーは廊下を早足で歩いていた。目指すは、メカニック達のいるメンテナンスルームだ。
 怒っているのだ。自分ではっきりと自覚している。
 それがどうしてかも、もう自分に問うことはしなかった。
 本当は出会い頭に怒鳴りつけてやろうとした。けれど、宮田の顔を見た瞬間、それは出来なくなった。無事な姿を見た途端、安心してしまったのだ。
「あ、どうしたん…」
 いつもと同じ様子でブルーを迎えた宮田の腕を引っ張る。メンテナンスルームを出ると、そのまま休憩所まで腕を放すことはなかった。
「ちょっと、なんなん?」
 宮田の抗議をものともせずに、宮田を無人の休憩所に放り込む。自分も中に入ると、ドアの前に立ちふさがるようにして、ブルーは言った。
「時田さんから聞きましたよ」
 しまったというように宮田がブルーを見た。
「外出したそうですね、昨日。その時に一瞬、他のオペレーターは気付かなかったし、自分の見間違いかもしれないと思うが、あなたとネオロイザーが接触したと」
 どくんと宮田の心臓が早鳴る。
「したら、ナナちゃんの見間違いやろ」
 そんなんあるわけないやないか、馬鹿やなぁ、と笑ってみせる。頬よ、引きつるなと宮田は念じた。疑い深いブルーの視線が、自分を探るようだ。
「…本当、ですか?」
「本当や」
「何も、なかった」
「ない」
 しばらくブルーは宮田を凝視していた。宮田も視線をそらそうとはしない。緊張を解いたのは、ブルーの口から漏れたため息だった。
「それなら、いいんです。失礼しました」
 お詫びになにか奢りましょうと自販機に歩み寄る。なら茶がいいと宮田が言った。
「なんや鬼みたいな顔して。大袈裟や」
「そうですかね」
 言いながらブルーが小銭を入れる。ごとんと音をさせて出てきた茶の缶を宮田に向けて放った。
「そうや」
 受け取った宮田が口をつける。暖かい茶の感触に喉が潤される気がした。休憩室の椅子に腰を下ろす。テーブルを挟んだ向かい側に、やはり茶の缶を手にしたブルーが腰掛けた。
「そういえば、遠出はほとんど出来ないんでしょう?行きたいところないんですか。もう一度行ってみたい場所とか」
 警護しますよというブルーの言葉に宮田は首を傾げた。
「出かけたいうたらあんたの会社か、こないだの海やな。寒いわ、あんたは拗ねるわでロクな思い出じゃあらへん」
 一気に言い捨てて茶を飲む宮田に、ブルーは苦い顔をした。それはどうもすみませんね、とやはり拗ねたように言う。それから、ふとなにかを思案するような顔になった。
「そうですね、今度は夏にでも」
 茶をすすり、一息ついてからブルーは言った。
「行きませんか?海」
 宮田が目を丸くする。危うく手の中の缶を落とすところだった。
「な、なに言うてるん…」
 俯いた宮田が首筋を掻く。詰襟の作業服、わずかに覗くその首筋にまで鱗状の亀裂は延びていた。指先に触れた鱗の感触に、宮田の顔が青ざめる。
「あれ?どうしたんです、それ」
 首筋が赤く腫れているようだとブルーが手を伸ばす。宮田は思わずブルーの手を弾いた。
 ぱちん、という音が響き、ブルーが動きを止める。周りの全てが止まったようだと宮田は思った。
「宮田主任…?」
「なんでもない…!」
 首筋を押さえたまま、叫びながら席を立つ。
「なんでもないんや…!」
 走り去る宮田の背を見届けたブルーは、嘆息しながらテーブルに視線を落とした。
 彼女の座っていたその席に、小さな赤い鱗が落ちていた。


 オペレーターの使用しているネオロイザー探知システムは、宮田が開発したものだった。だから、それを潜り抜ける術も彼女は熟知している。それがネオロイザーとの密会を可能にしていた。
 ほんまはこんなことに使うはずやなかったんやけどな、と宮田は思った。ネオロイザーの中で地球への移住を望む者がいれば、その手助けにしようと思ったのだ。
 けれど今、宮田の前には地球の侵略を望む者が立っていた。
 黒い鎧武者である。
 自分の身を案じたナナの心遣いを踏みにじったようで、宮田の心がちくりと痛んだ。
『シャイニンジャーを捕らえろ』
 あざ笑うように交換条件を告げる黒武者に、宮田の顔が歪んだ。
「あたしがそれを呑むと思うてるんか?」
 馬鹿にすんなやと言いかける。その脳裏に掠めた思い出。
『そうですね、今度は夏にでも』
 いつもと違う穏やかな声だった。いいや違う。いつからか気付いていた。彼が自分に声をかける、その態度が違うこと。それを嬉しいと思う自分がどこかにいたこと。
『行きませんか?海』
 行けないのだ、自分は。
 宮田は自分を抱きしめた。弾みで鱗状にひび割れた肌が落ちる。
「あたし…は」
 このまま崩れて死ねばいい。
 宮田は歯を食いしばった。涙で歪む視界がひどく頼りない。
 いつから、こんなに弱くなったんやあたしは。
 死ねたはずや。昔のあたしなら、ためらいなく。
『行きませんか?海』
 なんて些細な約束だろう。けれど、それを果たせないことが、たまらなく悔しい。
 未練――――。宮田は自覚した。
 これは、未練だ。
 崩れ落ちる宮田に黒武者が歩み寄った。宮田の手の甲に、真珠のようなブレスを嵌める。途端にひび割れ崩れ落ちていた宮田の肌が元に戻っていった。まるで何事もなかったかのように、かつての姿を取り戻す。同時に体が軽くなっていく感覚に、宮田は顔を上げた。鎧武者の面の奥は暗く、表情が読めない。
『一時的に崩壊を止める装置だ。だが、長くはない…兵は貸そう。せいぜい、働くことだな』
 揺れた瞳のまま、宮田はブレスを見た。
 真珠が連なったようなその形状から、海を連想した。あの日の潮騒が聞こえた気がする。


 その日から、宮田ナルがシャイニンジャー秘密基地に姿を現すことはなかった。


〔Mission19:終了〕
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