無敵戦隊シャイニンジャー

Mission20: 「地球と命の天秤」

 野村長官は深刻そうな表情で書類に目を通した。メインルームに隣接している司令室には、重苦しい雰囲気が立ち込めている。
「彼女は、3日前から戻っておらん。表向き休暇という形にしているが、そろそろ皆異変に気付くだろう」
 ため息と共に長官が告げると、ステファン医師が静かに同意した。
「そうね」
 長官が手にしている書類には、宮田が受けた傷の症状・その侵食度合い・予測される結果・治療法の有無が纏められていた。どれもこれも芳しくない。
「時間があれば、アタシ達でも治療の糸口を見つけることは出来る。けれどあの進行スピードがそれを許さないわ」
 アタシ達では彼女を助けられない、とステファンは告げた。
「…わかった。礼を言う」
「言わないでよ。慰めにも助けにもならなかったじゃない」
 ステファンがそっぽを向いた。長い金髪を揺らしたまま扉へと歩を進める。長官に背を向けたまま開錠のためのコードを入力しながら、ステファンは告げた。
「…それでどうするの?もしも、彼女が」
 続く言葉と同時に扉が開く。空気の漏れる音と重なるその言葉を、長官は聞こえなくても察することが出来た。
 自分を試すように見つめるステファンの視線から目をそらしたくなる。
 組んだ指先に顎をつけ、長官はため息を漏らした。
「彼女を採用したのは、ワシだ。逆の判断をするのも、また、ワシだな」
 ふん、とステファンが小鼻を鳴らす。
「胃が痛いと思ったら無理せずおいでなさいな」
 ステファンが遠ざかる足音を聞きながら、長官はしくしくと胃が痛み出すのを感じていた。


 その日、レッドは美沙にひっぱり出されて近くのテーマパークに来ていた。美沙から見れば二度目のデートである。可愛らしいキャラクター達が入り乱れ、ピンクや白で華やかに彩られた園内では、異様に男が浮く。自分ひとりでここに来ることは永遠になさそうだとレッドは思った。
「あー、楽しかった!」
 満足げに電車の座席に座る美沙を見て、その前に立ったレッドが微笑む。
「良かった」
「それに、今回はネオロイザーに邪魔されずにすんだし!」
「そうだね。でも、あそこ女の子同士のほうが良かったんじゃないの?」
「つまんなかったですか?」
 美沙が心配そうにレッドを見上げた。
「いや。結構面白かったけど、なんとなく、妹が行ったら喜びそうだな〜って」
「レッドさん、妹がいるんですか?嘘っ、いくつですか?」
「えーと…」
 レッドが頬を掻く。そうこうするうちに電車が駅に着いた。入ってきた老婆の姿を見た美沙が、さっと立ち上がる。
「あ、ここ、どうぞ」
 杖をついた老婆が礼を言って腰掛けた。
「えらいね」
 レッドに言われた美沙は、えへへと笑みを漏らした。
 だって、褒めてくれるって思ったもん。
 走り出す電車に合わせて景色が流れる。沈みかける夕陽に映える街並みが綺麗だと、美沙は思った。

 基地の傍の駅で降ると、冬のせいか、辺りはもう暗くなっていた。美沙もレッドも基地に住む者である。帰り道はどこまでも一緒で、美沙はそれがまた嬉しかった。
 ふいにレッドのブレスが鳴る。
 その音に美沙もレッドも足を止めた。
「ネオロイザー反応だ。近くにいる!」
 美沙を背後に庇いながら、レッドが辺りを見回す。人影らしいものすら、見当たらなかった。
「あ」
 ふいに美沙が声を漏らす。レッドが美沙の指差す方向を見ると、暗闇の中、ぼんやりとシルエットが浮かんだ。
「ネオロイザーか!?」
 レッドが身構える。シルエットが一歩進む。外灯の下、浮かび上がったその姿は宮田主任のものだった。いつもの作業着ではない。深いスリットの入った黒のドレス姿。体に密着したイブニングドレスは、普段の宮田らしからぬ姿だった。
「宮田主任」
 ほっとしたレッドが構えを解く。そのまま、宮田に駆け寄って行った。
「気をつけて下さい。この辺りにネオロイザーが…」
 レッドを見ていた美沙はその異常に気がついた。外灯に照らされた宮田の影が、歪んでいる。人の形を成していない。
 同じ頃、宮田に近づくにつれ大きくなるネオロイザー反応の警報に、レッドも眉を顰めた。
「レッドさん!」
 美沙が叫ぶ。
 はっとしたレッドが顔を上げる。振り上げた宮田の手が、レッド目がけて振り下ろされた。間一髪でレッドが避ける。その頬が、切れていた。よく見れば、宮田の手に透明な小刀が握られている。
「宮田、主任…?」
 今起きたことが信じられない。
 ニセモノか?とレッドは一瞬思った。
 けれど、違う。
「どうした、レッド君」
 その声も、その呼び方も宮田のものだ。
 宮田が剣を構えなおす。
「ネオロイザーやで。早く倒さな」
「宮田、さん…」
 呟く美沙を、宮田は見た。にこりと微笑む、その顔が淋しげだった。
「ごめんな、美沙ちゃん」
「宮田主任?一体…」
 レッドはまだ事情が飲み込めていなかった。
「まだわからんか」
 そうか、と宮田が言った。掲げられた右手が、刹那人の形を失くす。ザリガニにも似た鋏状の手。レッドの瞳が驚きに見開かれた。宮田が腕を振り下ろす。それだけでもう、腕は人の形に戻っていた。
「あたしはネオロイザーや」
 宮田は言った。
 ネオロイザー反応を告げる警報が鳴り止まない。
 なにより、今自分が見たものが真実だとレッドに告げる。
 それでもレッドは、変身しようとしなかった。
「なんで…?」
 レッドは知っていた。宮田が、いつでも自分達の助けになっていたこと。この腕に巻いているブレスすら、宮田が作り出したものだった。
「なんで、やて?」
 宮田が不敵に微笑んだ。指を鳴らすとネオロイザーの戦闘兵が現れる。幾何学模様のペイントを施した黒い肌が、彼らが機械であることを示していた。
「ネオロイザーが地球を攻めるのに、なんの理由があるんや」
 宮田の言葉が終わらないうちに、戦闘兵達がレッド目がけて走りよる。レッドは、ぐっと唇を噛み締めた。
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