無敵戦隊シャイニンジャー
Mission21: 「君に正義の華が咲くなら」
あなたが正義の使徒であろうとするならば、常にその剣の行方に気をつけなさい。
対峙する、それは悪か、否か。
天秤は神の御心にのみあり、到底人が持ち合わせるものではないのです。
忘れてはいけない。あなたの善は、善ではない。
シャイニングレッドこと青葉太陽は、幾度も思い返したその言葉をまた思い出していた。シャイニンジャー秘密基地に用意されたレッドの自室。ベッドに寝転がって天井を見ると、いつでも蘇るあの光景。懐かしい教会のステンドグラスの下、年老いた修道女が聞かせた話は聖書のどこにも載っていないものだった。それでもレッドは飽きずによく聞いていた。退屈さに寝てしまった妹の頭を撫でながら、何度も話して欲しいとねだった。なぜだかその話がとても好きだったのだ。
「マザー…」
ぽつりとレッドが呟く。
また話が出来るというなら、今こそ聞きたい。
目の前に現れた宮田に、自分はどうすべきだったのか。
『出来ないよ…!』
レッドがそう叫んだ瞬間の宮田の目。悲しさと悔しさを混ぜたような瞳が忘れられない。
自分はどうすべきだったのか。
答えは――――出ない。
目の前の宮田を逃がすべきではなかったと、ブラックはため息をついた。
手を伸ばせば届く距離にいたのだ。なのに、ブルーの言葉に硬直した瞬間、宮田は姿を消してしまった。
聞こえたのだと、思う。
「だから、私がやると言っているでしょう」
メインルームのソファに座ったブルーが涼しげに告げた。寝転んでいたブラックががばりと起き上がる。
「やるって、お前…!」
抗議しかけて、絶句する。
ついこの間、だ。宮田が給料が入ったと言って、カニ鍋を奢ってくれた。その帰り道、揶揄したのは自分なのだ。宮田をどう思っているのかと。ブルーは不快そうにあしらったが、それでも…。
追い込んだ。
自分のしたことを自覚して、ブラックは歯噛みした。もう2人の距離は2人にしかわからない。けれど。
ブラックはブルーの顔を凝視した。
「なんです」
正面からブラックの瞳を受けたブルーの表情は揺らがない。そこに込められているのがどんな覚悟なのか、ブラックには読むことができなかった。
「なあ、何考えてるんだ」
「何言ってるんですか」
片眉を上げたブルーが経済誌に目を落とす。
表情の変わらなさが、壁を作っているのだとブラックに告げた。
怒鳴りそうになる衝動を、それでは悪循環だと、ぐっと噛み殺す。ブラックが握り締めたソファの皮が静かに軋んだ。
見た目平常なブルーの視線は、手にした経済誌をすり抜けていた。
ブラックとレッドに撤収を持ちかけた直後、長官とステファン医師に宮田の現状を知らされた。
そう、知らされたのだ。
宮田が攻撃を受けた瞬間、ブルーはそこにいた。
包帯をしていたのを知っていた。
首筋に異常を見つけて、手を伸ばし、払われた。
気付く機会はいつでもあったはずなのに、ブルーは気付かなかった。
知らず手に力が篭る。
怒りが自分に向いているのか、それとも告げなかった宮田に向いているのかよくわからない。
それでもブルーは、確かに怒っていた。
メカニック達の動揺はただならぬものがあった。
これまで自分達を導いていた人間が、ネオロイザーだというのだ。宮田がレッドに自分本来の腕を見せた映像は、シャイニンジャー基地のそこかしこに流れていた。
「どういうことですか!」
勢い込んだスタッフの何名かが長官の机を叩いた。
「知っていたんですか?」
「ネオロイザーなんか、どうして」
口々に発せられる罵倒に、長官は答えようとしなかった。
「どうせロボは完成してたんだ!処分しちまえば良かった…!」
あまりに悪し様に言うスタッフに、傍で聞いていたブラックが腰を浮かしかけた。
「おい…」
「やめて下さい!」
メインルームに響き渡るような声で叫んだのは、オペレーターの時田ナナだった。立ち上がり、キーボードに添えた手が震えている。
がくがくと足を震わせながら、ナナは涙目になってスタッフ達を睨んだ。
「やめて、下さい…!宮田さんは、確かにネオロイザーでした。でも、だからって、そんなの…」
言いながらナナの目から大粒の涙が零れ落ちた。
メカニックスタッフ達が黙りこくると、長官が口を開いた。
「いい。告げなかったのはワシの責任だ。当たり所も欲しかろう」
ぎり、と胃が痛み、ステファン医師の忠告がちらりと長官の脳裏をよぎる。ふう、と深呼吸して、長官は目の前のスタッフを見渡した。
「人種に壁がないように、ワシは種族に壁を設ける気はない。彼女は地球を好きだと言い、ワシはそれを信じた」
一度言葉を区切る。青い春の告白のように照れくさい。
けれど、事実だ。
長官は続けた。
「…それは今でも覆らん」
本音を言ってしまうと意外と楽になるものだ、と長官は思った。実際どれだけ対ネオロイザー地球連合本部から槍玉に挙げられようと、そこだけは譲れなかった。絶対にスパイなどではなかった、演技などではないと反論すればするほどに盲目のレッテルを貼られようとも、譲れなかったのだ。
彼女の為に、自分の為に。
信じるならば揺らいではいけない。
「…オレは、信じます…」
メカニックの一人が呟いた。
「信じたいんです…!」
ぽろぽろと子供のように涙を零すスタッフ達の姿を見ながら、長官は安堵のため息を漏らした。
彼女がこの光景を見たらなんと言うだろうか。
帰る場所はまだあるのだと告げたくとも、長官にはその術がなかった。
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