無敵戦隊シャイニンジャー
Mission22: 「信じてる、信じてない」
脈打つ土気色の壁に、重く淀んだ空気。重圧が体に圧し掛かる。突然の変化に、ブルーは顔をしかめた。移動したのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。慣れない気圧の変化に気分が悪くなる。
目を開き、眼前に広がる光景を見て、ブルーは宮田から話を聞いていた通りだと思った。
かつて白銀の機体を誇った名残があちこちに見てとれる。けれど今は土気色の壁が脈動を刻んでいた。
ギンザ達が揃っているのを見て、ここがメインブリッジなのだろうと見当をつける。
「彼女を元に戻してください」
立ち上がり、姿勢を正したままブルーが告げる。
他の誰でもなく、ギンザを見据えたままブルーは動こうとしなかった。
ギンザは答えようとしない。その間にもブルーの後ろにいる、宮田のひび割れる音が続いていた。
『ブレスを捨てたお前に、なんの強みがあるというのだ』
鎧武者が動こうとしたのを目にしたブルーが、手にしていたシャイニングソードを起動させる。ただの筒に思えた柄が、光の剣を紡ぎだした。スーツにネクタイをしたまま、シャイニングソードを構えるブルーの姿は鬼気迫っていた。
「これだけは持ってきたんです」
シャイニングソードを構えながらブルーは言った。
「ここに空気があるということは、貴方がたも宇宙空間で生存できる種族ではなさそうだ。確かに私は生命体としてはひどく弱い。けれど」
ぱきん。また宮田の鱗がひとつ落ちる。
時間がない。ブルーは焦っていた。
「ここで宇宙船を壊して貴方がたを道連れにすることは、私でも出来そうです」
およそブルーらしくないことを言っている、と宮田は思った。
薄れ行く視界の中に、ブルーの背中が見える。
それではまるで勝算がないではないか。
いつだって、自分達の安全は確保して戦うのがブルーのスタイルだった。
らしくないと言いたくとも、宮田にはもう言葉を出す力も残っていなかった。
ぱきん。
自分から鱗が剥れていく音が、随分遠く聞こえる。
ギンザは黙ってブルーを見据えていた。
一度だけ、地上で出逢ったことのある青の戦士。己の役割を把握し、冷静な人間だと思っていた。
今、その瞳に狂気にも似た覚悟が宿っている。
誰かを守る瞳だ。
ギンザを正面から見て、そらそうとはしない。リンゼを守る自分も、そんな瞳をしているのだろうか。
『…よかろう』
ギンザが片手を上げる。
鎧武者が慌てて紋様の入った青い鱗を持ってきた。
『お前達と対峙したギョーヌ。覚えているか?』
ブルーが首を振る。
「名乗られた中にその名はありませんでした。けれど、察しはつく。レッドを凍らせ、彼女に呪いをかけた人ですね」
『あれは良い部下だった』
「嫌な相手でした」
おかげでどれだけ苦労したか、とブルーが嘆息する。
率直なブルーの物言いにギンザが笑った。
ギョーヌの残した青い鱗、宮田にかけた呪いの要となる紋様の入ったそれを、ギンザがゆっくりと手折る。鱗が割れた瞬間、青い光の粉となって宮田の体に吸い込まれていった。崩れかけていた宮田の体が途端に修復されていく。
壊れていたか体が元に戻り、頬に赤味が差して行った。
「宮田主任…」
宮田にブルーが手を伸ばそうとした瞬間、目の前を電流が走った。驚くブルーの前で、宮田を囲むように電流の檻が出来上がる。
「な…?」
宮田が目を丸くする。
『触れぬほうが良い。我等の囚人用の檻だ。ネオロイザーといえど消し飛ぶぞ』
くく、と笑う鎧武者に、ブルーが目を細めた。
『ただで返すわけがなかろう。せいぜい働いてもらうさ』
「それはそうですね」
「なんやと…!」
ブルーが嘆息し、宮田が叫ぶ。
「あんた、何納得しとるん!」
「私が彼らでもそうしますよ。それより」
ブルーが光の檻の中にいる宮田を見た。つま先から、頭のてっぺんまで何度も異常がないか確認する。
「治ったみたいですね。良かった」
ふわりと笑うブルーの表情に、宮田が怒鳴った。
「良くなんかあらへん!あんたなぁ、ほんま何考えて…」
「ああもう、本当に元気になりましたね」
わめく宮田に構わず、ブルーはギンザ達を振り返った。
余裕を取り戻したせいだろう。部屋の中を観察することが出来た。オペレーターに幹部達が揃ったメインブリッジは基地のメインルームの構造と似ていた。作戦指揮はここで取るが、普段の生活は別室なのだろう。その辺りは人間と変わらなそうだ。一通り視線を巡らせて、ブルーは推測した。
「とりあえず私の部屋にでも案内してもらいましょうか。話はそれからです」
ネクタイを緩めながら告げるブルーに、ネオロイザー達が凍りついた。
『…部屋…?』
ギンザが眉間に皺を寄せる。
「まさかずっとここにいろと?」
ブルーがメインルームの床を指差しながら言う。
『何を考えている!』
鎧武者が怒鳴った。
「そちらこそ、何を考えているんです」
ブルーが冷ややかに告げた。
「シャイニングブルーはこの世で私ただ一人。最終的に殺すにしても、なんにしても、地球との有益な交渉カードになりますよ。丁重に扱ってしかるべきでしょう?」
そんなこともわからないのかとブルーが鼻で笑う。ギンザはその意図を計りかね、檻に入った宮田は唖然としたままブルーの後姿を見ていた。
客室のひとつをあてがわれたブルーは、ようやく一息ついた。相変わらず土気色の壁が動いている。オブジェとして割り切るには、趣味があわなすぎた。
「あほ!」
部屋の半分を宮田の檻が占めている。檻の中なら自由に動ける彼女は、それでも出ようともがいてみたりした。もっとも、髪の毛先が檻に触れた瞬間、弾け飛ぶのを見てからは大人しくなったようだが。
説教されても別にされるよりはマシか、とブルーは思った。
「どうすんのや。あんた、こんな…」
「どうもしませんよ」
なるようになるだけです、と言いながらネクタイを外す。
「待っとるんか?」
「なにを」
「レッド君達を」
宮田の口から告げられた名前に、ブルーが動きを止めた。今の今までその名すら思い出さなかった。湧き上がる感情を、甘えだと切り捨てる。
「私は、何も信じてませんよ」
ブルーは静かに告げた。窓につけた額がひやりと冷たい。
外には、宇宙空間が広がっていた。
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