無敵戦隊シャイニンジャー

「オレはブルーを信じています」
 レッドはそう言って、長官を真っ直ぐに見つめた。
 ブルーが残したシャイニングブレス。その是非を巡って対ネオロイザー地球連合本部は荒れに荒れた。
「地球への別離の証だ」という者もいれば、「メカニズムを解読されないよう置いていったのだ」とする者もいた。埒が明かない議論に、シャイニンジャーの長たるレッド、そしてメンバーであるブラックも呼ばれたのだ。
「ブラックはどうだ?」
 馬鹿のように広い会議室。神経質なまでに白い机に白い椅子。壁や装飾に至るまで全てが白で構築された空間で、ブラックの黒の作務衣は異常なまでに映えていた。退屈な議論にうたた寝しかけた彼は、ふいに呼ばれたことで目を覚ました。
「俺っすか?」
 んー、と欠伸を噛み殺しながら伸びをしたブラックが、横に立っているレッドを見た。真っ直ぐに会議場全体を見渡すレッドのゆるぎない姿勢を見て、信じすぎなんだよなぁと思う。半分口を開いたまま、ブラックはゆっくりと首を捻った。
「俺はまぁ」
 どっちでも、と言いかけた言葉を飲み込む。会議がさらに長引いてはたまらないと思ったのだ。
「リーダーと一緒で」
 なんだそれは、と野次が飛ぶ。
 ふわあ、と今度こそ遠慮なく欠伸をしたブラックが立ち上がり、レッドの肩に手を置いた。
「俺はこいつについていくって決めてるんでね」
 人の良さそうな笑いを浮かべ、片目をつぶってみせる。けれど、そこには有無を言わせぬ気迫があった。
「ま、そういうことで」
 一瞬獣のような気配を見せたブラックは、レッドが振り向く前にいつもの顔に戻っていた。
「ブラック…」
「じゃ、ま、そーいうことで!もういいだろ、長官」
 言いながらブラックがレッドの背を押す。長官は好きにしろとばかりに嘆息した。
 会議は形式に過ぎない。
 長官は、それをよく知っていた。


 空気が濁っている。息がしにくいのはそのせいだとブルーは思った。
 硫黄のような匂いが充満していて、体がひどく重い。ともすれば意識を失いそうだ。
 メインブリッジに召還されたブルーは、気を引き締めた。
 自分の目の前にいる「それ」がなんなのか、見当もつかない。
 先ほどはそこまで考慮できなかった。改めて余裕がなかったのだと思い知らされる。
 壁の脈動が収縮する先、壁の一面を支配する無機質な顔。表情を与えられる前の粘土細工のようなそれを守るように、ギンザが立っていた。ごうん、と機械が唸るような音がする。
『わかりました』
 ギンザがそれを振り返った。
 うやうやしく礼をとる姿を見て、ブルーの心に疑念が掠める。
 今、それが何か言ったのか?
 瞬間、ぱちんと何かが弾けるような音がした。突然の頭痛にブルーが眉をしかめる。
「く…」
 ブルーは頭を抱えた。
 鳴り響く頭痛が、本能としての警告をもたらしていた。
 何かが心に入ろうとしている。
 そんな馬鹿な!
 ブルーは即座に否定した。けれど頭痛が痛みを増していく。まるで「それ」に抵抗するかのようだ。
「お前か…!」
 頭を押さえながらブルーが顔を上げた。無表情だと思われた壁の顔が、うっすらと笑った気がする。
 思い出の扉が開く。自分の意思ではない。無理矢理に開けられ、勝手に見られている。
 まるで子供が箱からおもちゃを取り出すような雑多さで、ブルーの記憶が次々に蘇った。
 父親の顔、社員達の姿、基地のこと、嗚呼、海が見える。手を引かれた。隣にいた姉の…
 その瞬間、ブルーは叫んでいた。
「私に触れるな!!」
 全力の拒絶に、メインブリッジに悲鳴が響き渡る。
 甲高い声で叫ぶそれを見て、ブルーは肩で息をした。
 弾いたのだ。
 どこで確認するのかまるでわからない。それでも、ブルーにはわかった。
 さっきまで自分の頭を探っていた手が、どこかへ失せたこと。
 安堵の息を漏らしたブルーは、異変に気付いた。
 悲鳴を上げる「それ」の前にいるギンザが微動だにしない。驚くほどに無表情だった。
 彼の性格ならば、主に駆け寄り、ブルーに対して激昂くらいはするだろうに。
『どうした』
 何事もなかったかのようにギンザが告げる。今までの出来事が見えていなかったかのようだ。
「…いいえ」
『お前には地球侵略を手伝ってもらおうか。まずは…』
「そろそろ商店街を襲うだとか、そんなまどろっこしいことはやめませんか」
 ブルーはギンザの言葉を遮った。ギンザが不快そうに眉をひそめる。
『お前に何が出来ると言うのだ』
「そうですね…」
 思案するようにブルーが首を傾げた。
「成すことで、私と宮田主任を解放してくれるならば、もっと有意義なものを差し上げますよ」
『それはなんだ』

「シャイニングブラックの首」

 言ったブルーの唇が妖艶な笑みを象った。


「ぶあっくしょん!」
 シャイニンジャー秘密基地にいたブラックが大きなくしゃみをした。対面に座ったレッドに思い切り唾が飛ぶ。
「おお、悪ぃ」
 呆然とするレッドに詫びを入れながら、ブラックが湯呑みに手を伸ばした。
「お、ラッキー。見ろよレッド、茶柱が浮いてるぜ」
 にこにこと茶を見つめるブラックの目の前で、茶柱が立ったまま急速に沈んで行った。
「お?」
 そのまま湯呑みが音を立てて割れる。
「おお?」
 退いた拍子にブラックの草履の鼻緒が切れ、どこからか迷い込んだ黒猫がブラックの前を横切った。
「おおお?」
 壁にぶつかった衝撃で飾ってあった額縁が落下する。ついでに適当に飾ってあった神棚も滑り落ちた。ブラックの首を掠めるように落ちたそれらを見て、レッドが青ざめる。
「ブラック…」
「ブラックさん…」
 見ていたナナも顔色を変えた。
 縁起が悪いどころの話ではない。
「あれ?」
 ブラックが不思議そうに首筋をさする。
 んー、と首を傾げるように散乱した神棚を見たブラックは、次の瞬間、可可と笑い飛ばした。
「まあ、いっか!」
「あんた…」
 ステファン医師が絶句する。
「死ぬんじゃないの?」
「まっさかぁ!あ、ナナちゃん、お茶おかわり!」
 高らかに笑いながらブラックが半分に割れた湯呑みを差し出した。ナナが手にするその前に、湯呑みは再び二つに割れた。


〔Mission22:終了〕
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