無敵戦隊シャイニンジャー

Mission23: 「誰が為に」

 シャイニングレッドこと青葉太陽は、とある空き地の前に立っていた。私有地である旨を告げる看板のすぐ後ろにロープが張られている。その向こうは、完全な更地だった。
 以前、ここには教会が立っていた。薄い緑の屋根に、木製の白い壁。掲げられた十字架も施設も大層老朽化していたけれど、手入れが行き届いていて綺麗なものだった。
 教会が火事で焼け落ちる前、レッドはここで暮らしていたのだ。
 年老いた修道女と、レッドと2つ下の妹。つつましくも、幸福だったように思う。
「ただいま、マザー。なつめ」
 レッドが微笑むと、風が頬を撫でた。
 2人がレッドを歓迎してくれたようで、レッドは少しはにかんだ。風に身をまかせるように目を閉じる。それでも、ゆっくりと顔から笑みが消えていった。
 今ほど、2人の意見を聞きたいと思ったことはない。
 迷っているのだ、自分は。レッドはようやく自覚した。
 ブルーが宮田主任と共にネオロイザーの本拠地に収容されたと長官が告げた時、レッドはすぐには動けなかった。とっさに何が起きたのか判断できなかったのだ。ブルーが自分の意思でそれを行ったことも、混乱に拍車をかけていた。
「…え…?」
「原因はこれよ。多分ね」
 ステファン医師が宮田の症状を示した報告書を見せる。レッドは震える指先でそれを捲った。
「だから…宮田主任は…」
 命を盾に取られて自分達の前に武器を持って現れたのだと、レッドはようやく事態を飲み込んだ。
「ブルーは、それを知っていたんですね」
 顔を上げるレッドに、長官は頷いた。眉間に深い懊悩が刻まれている。
「お前らが宮田と対峙している間にそれを見せた。ワシの判断ミスだ」
「助けに行かないと!」
「無理だ」
 長官が言った。
「ネオロイザー基地は成層圏の外にある。おいそれと手は出せん」
「じゃあ、どうしろって言うんですか!」
 長官が組んだ指に力を込めた。打つ手がない。それどころか、ブルーには裏切りの嫌疑すらかかっていた。
 長官が歯噛む姿を見たブラックが、レッドの肩を叩く。
「ま、なるようになるだろ?そうカリカリすんなって」
「ブラック…!」
「信じてやれよ」
 飄々と笑うブラックの顔を見やる。どうしてそんなにもマイペースなのか、レッドは思わず微笑んだ。
 前に偽者が現れた時、信じることができなかった。
 ひどく軽蔑したようなブルーの顔を思い出す。
「…うん」
 大丈夫だと小さく呟いて、空を仰ぎ見る。青い空には太陽が輝いて、それよりずっと近いはずのネオロイザーの母船の姿はどこにも見えなかった。


 窓から見える宇宙空間にも、随分慣れたものだとブルーは思った。
 ただ、脈打つ壁と空気の重さにはどうにも馴染まない。
「ちょっと、なに黄昏とるん!」
 光の檻の中で宮田が叫ぶ。そう言えば、この罵声にも随分慣れたとブルーは思い直した。
「なんです?」
 檻の中の宮田に向き直る。それだけで宮田は、また憤慨したようだった。
「なんです、やあらへん!今なんて言うたん?」
 ああ、とブルーは嘆息した。適当にその辺りの床に座り込む。
「ブラックの首を手土産に、私達を解放してくれるそうですよ」
 ブルーの言葉に、今度こそ宮田が絶句する。
 その表情を見たブルーが皮肉そうに微笑んだ。
「本当に私は信用がないんですね」
 会う必要があるんですよ、とブルーは言った。理解しがたいというように宮田が首を振る。
「それで、どうなるん…?」
「どうにかなります」
 しますよ、とブルーが自分に言い聞かせるように告げた。
「だから、貴女はそこで待っていて下さい」
 宮田の返事を待たずに立ち上がる。ブルーはそのまま部屋を出た。数歩歩き、扉の閉まる音を背で受けて、壁にもたれてずり落ちる。
 空気が重過ぎる。
 密度でも違うのか、と浅い呼吸を繰り返しながらブルーは考えた。じっとりとかいた汗が全身を蝕むようだ。
 このままでは体が持たない…。
 動けるうちになんとかしなくては、と壁に腕を叩きつける。そのまま身を起こそうとしたブルーの視界に、見慣れた白銀の鎧が映った。ギンザだ。
『無様だな』
 ギンザが冷めた視線でブルーを見やる。相変わらずの威圧感に、ブルーはただ、ギンザを睨み返した。
『女の為に全てを捨てるか』
「そんなのじゃありませんよ」
 肩で息をするブルーを見たまま、ギンザが鼻で笑う。そのまま、壁に手を伸ばす。と、ブルーが自身の体を支えていた壁がぽっかりと開いた。扉だったのだ。バランスを崩したブルーが、その部屋に倒れこむ。
 ブルーの体を受け止めた白い花々が散った。軽やかな空気が、風となってブルーの頬を撫でる。呼吸が楽になったのに、ブルーは気付いた。
「ここは…」
 ブルーが膝をつきながら身を起こす。後ろで扉の閉まる音がした。
 慌てて振り返っても、ギンザの姿はもうない。
 ほ、と息を吐く。
 船内の空気とまるで違う、澄んだ空気がかすかに甘い。花のせいだとブルーは思った。宇宙空間を展望できるよう透明な壁。半円に近い壁の床面には白い花が咲き乱れている。花弁が舞う、その向こうに瞬く星空。まるで別世界のようだ。
 深く息を吐きながら、壁にもたれて座り込む。
 その時初めて、ブルーはその部屋に人がいることに気づいた。
 安楽椅子に座った少女。ウェーブのかかった長い髪が、どこか気品を感じさせた。
「あなたは…?」
 ブルーの声に少女は反応しなかった。
 その瞳はなにも映していない。
 瞬間、少女が扉を睨んだ。ブルーと共に入り込もうとしていた脈打つ壁の先端が弾き飛ばされる。本体である壁と切り離され、小さく悲鳴を上げたそれが干からびて消滅していくのを見た少女は、また何事もなかったかのように宇宙空間を見ていた。
「…一体…」
 尚も声を掛けようとして、ブルーは激しい睡魔に襲われた。体が疲弊しきっている。そしてなぜか、この空間はひどく心地良かった。眠気にあらがえない。ブルーはもう一度少女を見た。少女はブルーの存在などまるでないかのように、ただそこにいた。
 ブルーは片膝を抱いたまま、静かに眠りに落ちていった。
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