ブラックは公園に来ていた。
ブルーの会社の近くにある、宮田主任とブルーが消えた場所でもあった。
あいにくの曇り空だ。ともすれば降りだしそうな様子に、ブラックが肩をすくめる。都会にしては木が多い公園だが、山を見慣れたブラックには寂しいように思えた。木々のすぐ向こうにオフィス街のビルが見えるのもまた味気ない。
こんな場所に風流を求める方が間違ってるかもな、とブラックは頭を掻いた。ベンチではなく、その辺りにある恐らくはオブジェの一角であろう岩に腰掛ける。岩はひやりと冷たかった。
昼休憩が終わったせいだろう。公園に人影はほとんどない。ブラックはぼんやりと前を向いた。
目の前の道路は、それなりに交通量が多い。
車の流れを見ながら、ブラックはゆっくり目を閉じた。
シャイニンジャーになってもうどれぐらいたったろうか。
出逢った当初、レッドは相変わらず意見が子供っぽくて、ブルーは何を考えているのかわからなかった。それでも、それなりに楽しくやってきた気がする。
やたらに人を信じるレッドにブルーはよく怒っていた。
双方からの愚痴や相談を受けるのは自分の役目だった。大抵笑って済ませていた気もするが、それでも彼らは心情を吐露することで少しは楽になるようだった。
どちらの言葉も、聞いていて気持ちが良かった。そう、彼らの心情に裏打ちされた言葉は心地良かったのだ。
ブラックは思った。どうして、飽きっぽい自分がここまでこんな面倒なことを続けてこられたのか。怪我を負った時でさえ、やめようとは思わなかった。それどころか、そんなことは一度も考えたことは無かったのだ。
なぜか。
ブラックの唇が薄く笑った。
本当は、もう知っている。
あの基地の、メインルームの雰囲気が好きだ。
およそ最前線だとは思えない、間延びした空気。
レッドは真面目に勉強をして、ブルーと他愛の無い話をして、ナナが茶を入れ、長官が怒鳴る。時にステファンに小言をもらい、宮田主任と話してみたり。
家のようだ、とブラックは思った。
家族が大勢いたら、こんなカンジなのだろうかと。
生涯縁がないだろうと思った家族の団欒を、ブラックはあの場所に垣間見ていた。
風が吹く。
落ち葉が舞い、木々がこすれる音がした。クラクションが時折聞こえる。
都会の騒音の中で、取り残されたような静けさが公園に満ち始めているのを肌で感じる。
待っている、待っていたいと思っている。
呼ばれた気がするのは、呼んで欲しいと思っているからだ。
最後の最後、頼るのは自分であって欲しいと。
奥底に己の欲を見つけたブラックはゆっくりと瞼を上げた。開く視界に、仕立ての良い靴、そしてスーツのズボンが映る。そのまま視線を上げると、そこに待ち人がいた。
「待ってたぜ」
ブラックが不敵に微笑む。
やや驚いた顔をしたブルーは、直ぐに微笑んだ。
「お待たせしました」
薄く曇っていた空には暗雲が立ちこめ、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「ブルー!」
シャイニンジャー秘密基地でメインモニターに示された映像に、レッドが腰を浮かせた。はずみで座っていた椅子がひっくり返る。
静まり返ったメインルームに、その音が響いた。
モニターの中、ブラックの目の前に現れたブルーは、消えた時と変わらぬ姿形をしていた。
「よかった…無事で…」
ほっと息を漏らしたレッドが、駆け出そうとする。その裾を、ナナが遠慮がちに掴んだ。慌ててレッドが立ち止まる。
「え、なに?ナナちゃん」
「あ…」
あの、とナナは続けた。
「ブ、ブラックさんから、伝言を預かっています」
レッド映すナナの瞳が揺れる。別れ際のブラックの満面の笑みを思い出す度に、言いようのない不安が彼女の内を駆け巡っていた。
「”なにがあっても来るな。信じろ”って…」
「え…」
レッドは言葉を失った。触れた袖から、ナナの不安が流れ込んでくるようでもある。きっと自分も同じ顔をしているのだろうとレッドは思った。
「ブラック…?」
レッドがモニターの中のブラックに問いかける。降りだした小雨を全身で受けるブラックは、答えることがなかった。
冬の気温をさらに冷え込ませるような小雨が、辺り一面に降り注いでいた。
飛んでいた小鳥も、今はどこかで雨宿りをしているのだろう。人影はどこかへ失せ、公園の中にはもうブルーとブラックしかいなかった。
「元気そうで良かった。安心したぜ」
「それはどうも。裸足に草履でよく寒くありませんね」
岩に腰掛けたままブラックが言う。ブルーは少し距離を置いて立ち止まったまま、それを受けた。
「宮田主任は?」
呟くようにブラックが聞く。
「無事です。捕まってはいますが」
ブルーが答える。そうか、とブラックは安堵した。
「姐さんも無事か。何よりだ」
そう言ったきり、黙り込む。それだけで辺りに沈黙が満ちた。
小雨は相変わらず降り続いて、ブラックもブルーも互いから視線をそらそうとはしない。
側の道路の信号が変わる。車が動き出すと同時にブルーは口を開いた。
「彼女を返してもらう為に、条件をひとつ出しました」
「ほう、なんだ?」
ブルーが手にしていたシャイニングソードを起動させる。ブン、という音と共に光で出来た剣が姿を現した。
「あなたの首です」
「そうか」
しばらくその光を眩しそうに見ていたブラックが立ち上がる。シャイニングブレスに収納されているシャイニングソードを引き抜くと、ブルーと同じく起動させた。
「俺は高いぞ?」
「高額取引は慣れてますよ」
「お前さんと戦うとは思わなかったぜ」
やれやれとブラックが肩を揉んだ。思わずブルーが苦笑する。
「私もです」
その顎筋に雨が流れる。対峙した二人は互いに譲る気配を見せなかった。
〔Mission24:終了〕