シャイニンジャー秘密基地は怒号に包まれていた。
この空気を知ってる、と美沙は思った。ギンザが現れた時だ。シャイニンジャー初の敗北。ブラックが大怪我をして、そう、あの時も…
「ストレッチャー早く!オペ室開けて!入るわ!」
金髪の医師がよく通る声で叫んでいた。指示を受けた医療スタッフが慌しく駆けていく。
あの時は、ブラックだった。
そして今は。
美沙は目の前のストレッチャーに横たわる少年の姿を見た。
自分と大して年の変わらない、その姿。いつも笑っていたその顔が、血に染まっている。
見ているだけで、気が遠くなる。ふらついた美沙の体をナナがそっと背後から支えた。
「…ナナさん…」
声を出す、それだけで自分が震えているのがよくわかった。
「美沙ちゃん」
皆まで言わなくともわかる、というナナの視線を受けた美沙の瞳に涙が溢れた。
「レッドさんが…!」
堰を切ったように泣き出す美沙を、ナナが抱きとめる。その傍らに、レッドの血に染まった作務衣を着、顔に苦渋を滲ませるブラックがいた。自分に怪我はないからと医療スタッフをあしらった彼は、その爪が食い込むほどに強く拳を握っていた。
「…くそ…」
食いしばった歯の間から漏れるような声を、確かにナナは聞いたのだった。
秒針の一秒一秒が重く長い。垂れ込めるような空気がようやく動いたのは、それから何時間も経ってのことだった。
手術室の扉が開く。ストレッチャーに横たわったレッドが医療スタッフに運ばれると、
「レッドさん!」
涙目になった美沙がそれにつきそった。
ゆっくりと手術室から出たステファンはマスクと帽子を取った。そこにいる長官とブラック、ナナを見渡す。
「…レッドは」
長官が聞く。
「頭部の損傷は額を切った程度です。体もそう。時間が経てば治るでしょう。ただ…」
ステファンは目を伏せた。
「右目は、もうダメね。カンペキに潰れてるわ」
「そんな…!」
言われた言葉にナナが息を呑む。
「目…」
ブラックが自分の顔を掻いた。はっと思いついたようにステファンの肩を掴む。
「じゃあ、俺の目を使ってくれよ。なあ、できるんだろ…」
言葉半ばでブラックの胸倉を掴んだステファンが、ブラックを壁に叩き付けた。ぐ、と呻いて抗議しようとしたブラックがその気配に息を呑む。
普段は穏やかなステファンの青い瞳が、怒りに燃えていた。
「次、同じことを言ってみなさいな…!あんたのその目、アタシが抉ってやるから!」
射るようなステファンの視線にブラックが目を逸らす。ステファンが手を離すと、ブラックは壁にそったままずり落ちた。
「…くそ…」
呟く声に力が無い。
「やらせだったんだよ。俺が大怪我したふりでもして、ブルーと一緒にあっちの基地に行って、姉さん解放して、あわよくばそのまんま…って」
「え…」
独白に近いブラックの呟きを、ナナが聞きとがめた。
「だから来るなっつったんだ…!」
ブラックが叫ぶ。
「でも、アンタは知ってたじゃないの」
ステファンがブラックを見下げながら言い放った。
「それでもあの子は行くって、知ってたじゃないの」
責めるようなステファンの前で、ブラックの顔が歪む。心底自分の行動を悔いているようでもあったし、しかられた子供のようでもあった。
「あんたらのその迂闊さが、あの子の目を潰したのよ!」
「ステファン」
ブラックを責めるステファンを、長官が制した。ステファンが憤懣やるかたないというように息を吐く。
「時田君はブラックについていてくれ。ステファン医師は、こちらに」
「は、はい」
言われたナナがブラックに駆け寄った。呆然としているようなブラックを心配そうに見やる。その視界の端で、長官とステファンが何事かを話しながら廊下の角を曲がっていった。
宮田は暇を持て余していた。
光の檻を見たところで変化があるわけでもない。出ようと模索しても、どんな方法も役立たなかった。だからと言って、いつまでもこんな状態続くわけが無い…
宮田の思考を中断させたのは、扉の開く音だった。
そこにブルーの姿を見つけた宮田の顔が華やぐ。
「帰ってきてん…」
宮田は、自分の笑顔が凍りつくのを自覚した。
帰ってきたブルーのスーツが血に染まっている。赤い。ネオロイザーのものではない。
人、だ。
強張る宮田の顔を見たブルーが苦笑した。まるで跳ねられた泥を見せるかのように、スーツを広げる。
「誰の血だと思います?」
宮田は覚えていた。ブルーがネオロイザー達に出した条件。
『シャイニングブラックの首』
「あんた…まさか…」
信じたくないというような宮田の声に、ブルーが自嘲した。
「レッドの血ですよ」
『宮田主任』
レッドの屈託の無い笑顔が脳裏をよぎる。いつだって無邪気に自分を頼ってきた弟のような存在。
「レッド君の…」
宮田は、目の前が暗くなるのを感じていた。
シャイニングレッドこと青葉太陽は眠り続けていた。傍らに付いた美沙が、その手を握っている。二人の姿を別室のモニターで見ながら、長官は口を開いた。
「…どう思う」
意見を求められたステファンが口の端を歪める。それは皮肉に近い笑みを象っていた。
「さっき言ったように、右目はもうダメよ」
「そのことじゃない」
わかっているだろうと言わんばかりの長官の言葉に、ステファンが片眉を上げた。
「…今まで、戦場でいろんな戦士を見てきたけど」
嫌ね、と言いながらステファンが息を吐く。煙草を出そうとして基地が禁煙なのを思い出した。
「自分が痛みを知った瞬間に持論を変えるのは珍しいケースじゃないわ」
だから彼が、とステファンは続けた。
「目を覚まして、もう戦いは嫌だと言ったところで誰も止められない。だいたい今回の経緯が経緯だし、ありえない話じゃないわね」
「そうか」
長官が深く重い息を吐く。
「胃薬が必要なら、あげましょうか?」
「いらん」
職業病だ、と長官は言った。モニターの中、眠るレッドの姿を組んだ指の合間から凝視する。
今までよくやってくれたと思う。無傷で来たのが奇跡のようだ。
彼が変わったとしても、誰も止められない。
痛むのは胃なのか良心なのか、長官にはもうわからなかった。
〔Mission25:終了〕