無敵戦隊シャイニンジャー
Mission26: 「そして君は光を失くす」
レッドが目を覚ましたのは、それから3日後だった。
昼間の陽光の暖かさに促されるように、ゆっくりと瞼を上げる。傍らで書類整理をしていたステファンは、すぐにそれに気付いた。立ち上がり、ベッドに横たわるレッドを覗き込む。長い金髪がさらりと揺れた。
「モーニン。気分はどう?熱がひどかったりしたんだけど」
覚醒しきらないのか、うつろな瞳でレッドは部屋の中を見渡した。壁や装飾、そしてそこにステファンがいることで医療ルームだとようやく理解する。
「…オレは…」
「ブラックとブルーの間に割り込んだでしょ?大怪我をしてね」
「ああ」
ようやく合点がいったとい言うようにレッドは頷いた。それから、不思議そうに右を見る。
「あれ?おかしいな」
右側が暗い、と言いながらレッドが右目に手をやった。感触で、そこに包帯が巻かれていることに気付く。
「触っちゃダメよ。傷に響くわ」
レッドの手をステファンがそっと外した。その指先がまだ熱を持っている。ステファンは一度小さく唇を噛んで、それからレッドに優しく告げた。
「右目ね、完全に潰れていたわ。ダミーの眼球が入っているけど、もう…」
ステファンを見るレッドの左目が、瞬いた。
それから静かに瞼を伏せる。
「そっか」
言ってからレッドは慌てて飛び起きた。
「ブルーは!?」
レッドの勢いに、ステファンは思わずのけぞった。レッドが構わず追求する。
「ブルーは帰ってきた!?ブラックは無事!?」
「あの馬鹿は無事よ。今頃山にでも篭ってるんじゃないの?当分冷たくしてやれば、いい薬にもなるわ。ブルーは…」
レッドが食い入るようにステファンを見た。その瞳からは雑念も怒りも感じられない。純粋にブルーのことを案じているのが見て取れた。真っ直ぐな視線に射抜かれるようだ。
しばらくその瞳を見たステファンが内心息を吐く。安堵とも不安ともつかぬため息だった。
「あっちに戻ったわ。あんたを斬った後、すぐに回収されたみたい」
レッドの伸ばした手を取ろうとして、手を引いたのを見たとステファンは告げた。
「戻れないでしょうよ」
レッドの肩が小刻みに震える。顔を強張らせたまま、レッドは静かに自分の右目に手をやった。慣れない包帯の感触に指先が震える。
「そんな…」
そんなの、とレッドはわなないた。伸ばして届かなかったのは、この手だ。
「目なんか、どうだって良かった。こんなの、ちっとも大事なんかじゃなかったのに…!」
「こんなのって、あんた。目よ?わかってんの?」
ステファンが絶句する。
目の前で悔しがる少年は、己の目を惜しんでいる訳ではなかった。ただひたすらに、ブルーに手が届かなかったことを悔やんでいる。
この子…。
ステファンは唇を噛んだ。
無私を極めればそこに行き着くのか、それとも。
危険だ。
手放しでは喜べない感覚にとまどいながら、ステファンはただレッドを見つめていた。
シャイニングブラックこと龍堂悔は滝に打たれていた。
龍堂寺にほど近い、山間にある谷川である。苔の生えた岩の上に座り、白の修行着を着たまま、ブラックは凍てつくような寒さの中、滝で座禅を組んでいた。
「ブラックさん…」
谷川の傍にやってきたナナがその姿を見つけた時、ブラックの全身は既に濡れ細っていた。静かに座っているその姿が、普段のブラックとはまるで違う。
声を掛けようとして、ナナは自分の口を押さえた。
邪魔をしてはいけない。
声をかけることすらためらわれるような、張り詰めた空気が満ちている。
滝の飛沫がナナが立っているところまで届く。その水の冷たさに体を震わせながら、ナナはそこでブラックを待つことに決めた。
目を閉じ、耳を澄ます。
唸るような水音が耳に響き、絶え間なく流れる水流を感じる。全てが遠くなるように感覚を麻痺させると、かえって頭がはっきりと冴えていった。
慣れた闇の中で、ブラックは自分がすべきことを探していた。
ブルーが剣を振り下ろす、その瞬間の映像が消えない。
飛び込んでくるレッドの姿がスローに見える。
もう何度、頭の中で繰り返しこの光景を見たことだろう。
結末は悲惨なものだった。その後のステファンの怒りももっともだと思う。
手に触れた血が暖かかったこと、忘れるものか。
『あんたらのその迂闊さが、あの子の目を潰したのよ!』
その通りだ。だから、俺は。
逃げ出したいような後悔の中にこそ、自分のすべき事がある。
闇を見据えるように、ブラックは静かに開眼した。全てを飲んだ瞳に、もう迷いはない。あるのは、ただ覚悟の光だけだった。
「ブラックさん…」
ブラックが目を開けたのに合わせて、ナナが呟く。
初めてそこにナナがいることに気付いたブラックは、慌てて立ち上がった。
「ナ、ナナちゃん!なんでここに…」
「え?ええと…」
龍堂寺に来るまでずっと一緒だったのだが、それほどに上の空だったのか。ナナが言葉を探しあぐねていると、ブラックが叫んだ。
「ああ、そんなとこいたら風邪引いちまうよ。ほら…」
言って大股にナナの元に駆け寄ろうとしたブラックは、岩の苔で足を滑らせた。
「あれ?」
疑問を口にした次の瞬間、ブラックはそばにあった岩で頭を強打した。そのまま清流に飲み込まれ、流されていく。
「きゃああ、ブラックさん!」
ナナの悲鳴を聞きながら、ブラックは走馬灯が回り始めるのを感じていた。
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