無敵戦隊シャイニンジャー
白い花々の向こうでオーロラが揺れている。移り行く光の加減をおぼろげに見つめながら、ブルーは静かに息をついた。
ネオロイザー本拠地の中で、唯一空気の澄んだこの部屋にいると、癒される気がする。
空気の密度がまるで違うために、宮田の傍にいるのにも限界があった。あまり長く離れるのは得策ではない…早々に戻らねば、とブルーは考えていた。
それでも、気が滅入る。
まだ、レッドを斬った感触が手に残っているようだ。
「レッド…」
あの場で飛び込んでくることは予想できたはずだ。どうして対応しきれなかったのか、ブルーは自分を責めた。無事なわけがない。
見やった自分の右手が震えていることに気付いて、ブルーは顔をしかめた。
「く…」
唇を噛み締めて、額を押さえる。
後悔なら後でいくらでも出来る。今は自分を立て直さなくては…
いらつき前髪を掻きあげた時、ブルーは視界に変化を認めた。
人が、立っている。
少女だ。
この部屋でいつも動くことなく椅子に座っている少女が、立っていた。ウェーブのかかった長い髪が静かに揺れ、ブルーを見つめるその瞳から涙が一筋、零れ落ちる。
「…なぜ、泣くんです」
少女の表情は相変わらず無表情だ。けれど、その唇が、わずかに開く。
『あなたが』
鈴のように響いては消える声だった。それでも、妙に印象に残る。
少女の囁きに応えるように花々が揺れた。白い花弁が部屋に舞う。
『あなたが、泣いているから』
ブルーから写し取った涙を流しながら、少女は告げた。
「私は、別に」
泣いているだろうかと頬に手をやりながらブルーが答える。指先は涙に触れることなく乾いていた。
『いいえ、泣いているわ』
少女は静かに首を振った。
『あなたの、心が』
光のない少女の瞳が心を覗くようだ。ブルーはわずかに身構えた。
なにもない空き地、というのが美沙の第一印象だった。レッドが行きたいといった場所は、街中にぽかんと開いた更地だった。「私有地」の看板が新しいような古いような、曖昧な汚れ具合をしていた。
医療ルームからここに来るまで、レッドは特に説明をしなかった。
美沙は、ちらりと隣のレッドを見た。額と瞳に巻いた包帯が痛々しい。襟元や袖口からも包帯が覗いていた。立っているのが不思議なのよ、と出掛けにステファンが言ったのを思い出す。
「無理は厳禁。夕方までには帰ってきなさい」
嫌だと言っても引きずって帰ってくるのよ、と美沙は釘を刺された。はい、と返事をするとステファンは肩をすくめてみせた。
「本当にね」
声音が優しくて、本当に案じてくれているのだと実感した。もしレッドが倒れるようなことがあっても、必ず連れて帰ると美沙は決めていた。
「ここはね」
風が一度過ぎ去るのを待って、レッドは口を開いた。
「教会があったんだ。火事があって、焼け落ちちゃったけど」
「え、そうなんですか?」
レッドは目の前の空間を指差した。
「この目の前に、門。庭があって、ちょっと行くとすぐに玄関があったよ。年取ったシスターがひとりいる、小さなとこだった。設備も古くてね。でも、土曜になれば地元の人がミサに来たり、関係ない日でも誰かが立ち寄ったりして、それなりに賑やかだった」
遠く懐かしいなにかを見るように、レッドは言った。美沙は、同じ景色が見たいと出来るだけ目をこらした。レッドが見ているものが、今見えればいいと願いながら。
「オレは、ここで暮らしていたんだ」
ざあ、と風が吹く。美沙は思わずレッドの顔を見た。レッドの視線は、更地を見たままだ。
前に一度、レッドの家族の話を聞いたことがある。
妹がいる、と言っていた。美沙はそのことを思い出した。
「妹さんも…?」
「うん。マザーと、シスターのことをそう呼んでいたんだけど、妹のなつめ、それからオレ。本当に血が繋がってるかどうかまでは知らないけど、家族だと思ってる。なつめはちょっと美沙ちゃんに似てるんだよ。もっと勝気でわがままだったけど、なんとなく思い出すんだ」
なぜ過去形なのだろう。美沙は嫌な予感がした。
「今、なつめさん達はどこに…」
「ここに」
レッドは目の前の空間を見た。何も無い、ただの場所を。
「火事で、二人とも逃げ遅れてね。近所の人も駆けつけてくれたけど、間に合わなかった」
放火だって、と小さく呟いたレッドの声は、確かに美沙の耳に届いていた。
「放火って!じゃ、犯人捕まったんですか?」
「ううん」
レッドは伸びをするように空を見た。今日も青く、太陽が高い。いい天気だ。
「もしかしたら――オレが助けた人の中にいたかもしれないね」
「レッドさん!」
美沙は叫んだ。急にレッドが遠くに行った気がしたのだ。
考えが、まるでわからない。
不安を訴えるような美沙の顔に、レッドは微笑んだ。
ああ、こういうところが似ている。
レッドはロープに手をかけて、更地に踏み入った。
「ここが門。美沙ちゃんの立っている辺りには石の壁があってね。鉄の門だった。古くて押すとぎいぎい鳴って」
言いながら歩いていく。しばらく歩いてから、レッドは立ち止まった。
「ここが、玄関」
レッドは空を仰ぎ見た。
彼の視界で、そこは空ではなかった。
重厚な天井が威圧感を与える。赤い絨毯に、両脇に並ぶ木製の椅子。祭壇の奥に飾られた十字架。見る間に形成されていくその景色は、かつて建っていた教会の再現だった。
それが見える、と美沙は思った。
レッドが見ている景色を、きっと共有しているのだと。
教会が、見る間に炎に包まれる。惨劇すらも再現しながら、レッドは告げた。
「あの日、オレはここまで来たんだ」
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