無敵戦隊シャイニンジャー

 教会が焼け落ちたその日、レッドはまだ高校生だった。クリスマスが近く、恒例のクリスマスミサの後にマザーを驚かせようと、なつめと計画を立てていた。
「プレゼント買ってくるのは、太陽な。あたしはケーキ焼いとくから」
「一緒に行けばいいじゃないか」
「やだよ、そんなの」
 いい年こいて恥ずかしいとなつめが頬を膨らませたせいで、レッドは一人で買い物に行く羽目になった。その割に買う物を細かく指定してくるのだからたまらない。
「本当に間違ってないだろうな」
 なつめのメモを確認しながら歩く帰り道、やたらに消防車が多いことに気付いた。
「火事…?」
 自分を通り過ぎる消防車の先を見ると、煙が上がっているのが見える。随分と黒い。その方角が自分の教会だと知って、レッドは顔色を変えた。
「火事だって」
「教会らしいぞ」
 野次馬のざわめきが、レッドの背を押した。
「マザー、なつめ!」
 叫んで、走り出す。
 間違いであればいいと、切に願いながら。
 願いは叶わなかった。レッドを迎えたのは炎に包まれた教会だったのだ。轟々と唸りを上げる炎に、消防車が散水している。それでも、炎は止む気配を見せなかった。
「太陽君!」
 レッドの姿を見つけた近所のおじさんが駆け寄った。なぜかずぶ濡れで、ところどころにすすがついている。腕は火傷をしたのか真っ赤だった。
「おじさん!マザーとなつめは!?」
「まだ中だ。マザーは一旦外に出たんだが、なつめちゃんが逃げ遅れて戻って…」
 説明半ばでレッドは教会に向けて走り出した。
「太陽君!」
「なにしてるんだ、危ない!」
 おじさんの手を、消防の腕をくぐって教会に踏み込む。扉を開けた瞬間、高温と熱が炎の舌先となってレッドを出迎えた。
「マザー、なつめ!」
 声の限りに叫ぶ。炎の唸る音がこんなにうるさいなんて知らなかった。ぱちんとなにかが弾け、燃えている音が絶え間なくする。火の粉が舞い、風が唸る。それでもレッドは、消え入りそうなその声を聞き逃さなかった。
「…太陽…」
「なつめ!」
 叫んで入ろうとする。その背後から、消防士が抱きついた。
「ダメだ!君が焼け死んでしまう!」
「離せ!なつめが…!」
「太陽」
 毅然と言い聞かせるような声に、レッドは動きを止めた。
 炎の中、背筋を真っ直ぐに伸ばして立っている人影が見える。揺らぐ炎の中で、彼女は微笑をたたえていた。
「…マザー…」
「生きなさい」
 動きを止めたレッドを、消防士と近所の人間が総出で引っ張り出す。直後に、教会は轟音を立てて崩れ落ちた。
「あ…」
 呆然とするレッドを消防士が抱えた。
「下がって!まだ危ないから!」
 ふらつくレッドをおじさんとおばさんが抱える。水に漬け、冷えた毛布を頭からかぶせられたレッドは放心していた。
「太陽君、大丈夫か?」
「なにー?火事?写メールとっとく?」
「放火だって、ひどいねぇ」
「離れて!危ない!」
 ノイズのように入り混じった、人の言葉。
 自分の内を通り過ぎていくようだと、レッドは思った。
 ただ通り過ぎていくだけで、なにも残さない。
「ごめんね、うちの人も飛び込んだんだけど、連れ戻せなくって…」
 ぼんやりと視界に映る、おじさんのやけどがレッドを呼び戻した。
「…あ…」
 急速に視界が戻っていく。
 同時に、涙で滲んでいった。
「ありがとう、ございました…」
 頭を下げると、それだけで涙が零れる。
『生きなさい』
 マザーの言葉が、レッドの中で強く強く響いていた。

「あの日、オレはここまで来たんだ」
 レッドは空を仰ぎ見ながら言った。
「でも、これ以上は進めなかった」
 弱かったんだ、とレッドは呟いた。
「オレはそれが悔しくて…たまらなかったよ。そして、それを認めたくなかったんだ。だから…いつか赤に心当たりが無いなんて言ったけど、ごめんね、嘘だ」
 あの日一歩を踏み込めなかったことが、いつまでもレッドを縛っていた。
 ごめんね、ともう一度言われて、美沙は首を振った。
「そんなの、いいです」
「ずっと悔しくて、たまらなくて…。だから、オレは嬉しかったんだ。シャイニンジャーになれることが、誰かを守れることが」
 本当に嬉しかった、と言ってレッドは微笑んだ。
「レッドさん…」
「だから、オレは」
 なにかを確かめるように、レッドはその空間を見つめた。彼の目には、あるいはかつて共に暮らした修道女が見えているのかも知れなかった。
「帰ろうか、美沙ちゃん」
 にこりと笑ったレッドが振り返る。
 その笑顔に濁りがないからこそ、美沙は言いようのない不安に襲われていた。


 北極にあるネオロイザーの本拠地では、地球連合の航空隊がレーダーに補足されていた。数で圧倒する気なのか、レーダー中を埋め尽くさんばかりの機影に、オペレーターが眉を顰める。
 その様子を見て、鎧武者は笑った。
『そんなもの、数の内にも入らぬ』
 言いながら外を見やる。氷の大地に降り立つ、ギンザの姿がそこにあった。
 白銀の鎧が氷を纏い、肌が凍る。ギンザが怒気を込めた息を吐くと、途端に冷気が吹き飛んだ。
 薄く淀んだ灰色の空を眺めるギンザの視界に、地球連合の機影が映り始める。ひとつ、ふたつ…やがて空を覆いつくすほどの黒点を睨みながら、ギンザは剣を抜いた。
『羽虫共が』
 柄を握る、その手に力が入る。
 振り抜いた剣の衝撃波で、機影の数は激減していた。


〔Mission26:終了〕
Copyright 2006 mao hirose All rights reserved.