無敵戦隊シャイニンジャー

Mission27: 「勇気ある告白」

 ネオロイザーの本拠地、白い花々に埋め尽くされたリンゼの部屋では、緊迫した空気が張り詰めていた。今まで動くことはおろか、表情すら変えなかったリンゼが、ブルーの前に立っていたのである。
「私の心が…?」
 警戒を解こうとしないまま、ブルーは聞き返した。
 リンゼが黙って頷く。
 相変わらず光の無い、とらえどころない瞳をしている。ただその瞳が、自分の心の奥底を覗いているようだとブルーは感じた。
「どういう…」
 言いかけた瞬間、本拠地内に振動が走る。地響きと共に揺れた部屋の中で、リンゼがふらりとバランスを崩す。
「危ない」
 すかさずブルーが手を伸ばし、抱きかかえた。まるで体重を感じない。少女のともすれば簡単に手折れそうな無力感に驚きながら、ブルーはリンゼをその場に座らせた。
「少し離れます。むやみに動かないほうがいいですよ」
 そう言って、慌てて部屋の外へと飛び出す。宮田のことが気がかりだった。
 リンゼは、ブルーの飛び出した扉が閉まるのをぼんやりと見ていた。やがて、ふと思いついたように空を仰ぐ。そこは見慣れた宇宙ではなかった。
『ギンザ…?』
 リンゼが呟く。その声は、空を薄く覆った雲に吸い込まれていった。

 氷の大地が震えている。
 手にした剣、その衝撃波に。
 海が割れ、その波が遠く視界の彼方まで走っていく。
 第一波を放ってから、ギンザはしばらく様子を見ていた。ネオロイザーの船は氷の上に降り立ったと聞いている。万一、自分の剣撃で崩れるようなことがあってはならぬと、ギンザなりの配慮だった。
 どうやらそれは杞憂のようだ。
 踏みしめた氷が存外丈夫であることに安堵する。ギンザは船を顧みた。
『…リンゼ様…』
 彼女がいる、その場所に。
『何人たりとも触れさせぬ…!』
 ギンザが剣を構え直す。
 空に浮かぶ地球連合の航空隊の機影が、また増え始めていた。


 シャイニンジャー秘密基地では、ステファン医師が上機嫌でブラックの頭を診ていた。鼻歌すら聞こえてきそうなステファンの笑顔とは対照的に、黒の作務衣に草履といういつもの出で立ちのブラックは、この世の終わりのような仏頂面だった。
「なーに?足滑らせて川に落ちたって?まあ、見事なタンコブ。素敵よ。石頭で良かったわね」
「良かねーよ。危うく走馬灯が回るとこだったぜ」
 はああ、とブラックがため息をつくと、ステファンが腹を抱えて笑い出した。
「あー、もうなにやっても馬鹿!いっそすがすがしいでしょ?ね、ナナちゃん」
「え」
 話を振られたナナは、自分が急に赤面していくのを感じていた。
「い、いえ、そんなことは…」
 消え入りそうになる語尾と合わせて下を向く。
 あ、いつものパターンだ。
 また下を向くの?
 ナナは小さく唇を噛むと、自分のつま先が視界に入る前に、顔を上げた。ただそれだけのことで、急に目の前が開けた気がする。
「ない、です。多分」
「頼むよ、ナナちゃん〜」
 情けない声を上げるブラックを見て、思わずくすりと笑う。何かが吹っ切れた気がした。
「へぇ」
 ナナの変化に敏感に気付いたステファンが片眉を上げる。唇が妖艶に微笑んだ。
「いいじゃない?」
「はあ?」
 なに一人合点してんだとブラックがぼやく。ステファンはその頭にファイルを叩き落していた。
「ただいま…と。あれ、ブラック、戻ったんだ」
 メインルームの扉を開けたレッドが意外そうな声を上げた。その姿を認めたブラックが、慌てて立ち上がる。
「レッド!」
 それから、レッドの右目に巻かれている包帯を見つめ、顔を歪めた。言葉もなく、ブラックがふらりとレッドに歩み寄る。
「ブラック?」
 不思議そうにブラックを見上げるレッドの両肩を、ブラックはがしりと掴んだ。
「すまなかった!」
 ともすれば触れ合いそうな距離で、勢いよく頭を下げる。すんでのところで頭突きを避けたレッドは、自分の前で頭を下げるブラックの後頭部を見つめた。なんだか知らないが、タンコブが見える。
「謝って済むことじゃねーのはわかってる。俺に出来ることならなんだってする…!」
「ブラック」
 気にしてないよ、とレッドが言ったところで、ブラックはそんなわけあるかと取り合わなかった。尚も自分の前で頭を上げようとはしないブラックを、レッドは扱いあぐねたようだ。ちらりと隣の美沙を見、それから心配そうに成り行きを見ているナナに微笑んで、レッドは言った。
「悪かったと、思ってる?」
「ああ、思ってる!」
 どんな罵詈雑言、無理難題も受けようとブラックは思っていた。到底詫びきれるものではない。この場で殴られたとて、それがなんの贖罪になろう。
「反省、してる?」
「ああ、してる!」
 じゃあ、約束だ、とレッドは言った。
「もうあんな無茶はしない。できる?」
 言われた言葉にブラックが顔を上げる。その表情はなんとも言えなかった。驚いているようでもあるし、泣きそうでもある。
「お前、何言って…」
「聞いてるんだよ。約束できるか、どうか」
 くすりと笑ったレッドが肩をすくめて見せる。ブラックは取り繕うように胸を張った。
「当ったり前だ!んなの、簡単だぜ!」
「そっか、良かった」
 じゃあ、それでいいよとレッドがブラックの隣をすり抜けていく。レッドに向けて口を開いたブラックの肩を、ステファンが掴んだ。
「本人がいいって言ってるの。それ以上は言わないほうがいいわ」
 あやふやな言葉を飲み込んだまま、ブラックがステファンを見る。ステファンは黙って頷いた。消化しきれない思いを吐き出さぬよう、ブラックが口を結ぶ。
 レッドは、真っ直ぐに長官の元へと歩いていった。
「戻りました」
「ご苦労」
 姿勢を正し告げるレッドの前で、長官は椅子を軋ませ座り直した。レッドの目に、覚悟の光を認めたのだ。
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