シャイニンジャー秘密基地のメインルームは、かつてない緊張感に包まれていた。レッドの一挙手一投足に意識が向いてしまう。オペレーションの画面を見ながら、ナナは思った。
なにを言う気なのだろう。
普段温和なレッドの周りの空気が、どことなく張り詰めている。
遠く離れた自分でもそれがわかるのだ。
長官はとっくにわかっているに違いない。
ナナが長官を見ると、丁度胸で組んでいた腕をほどき、机の上に組みなおしているところだった。
「お前達が出かけている間に、ネオロイザー達への攻撃が始まった」
長官が長く深い息を吐きながら告げる。事前に聞いていたせいもあるだろう、レッドは表情を変えなかった。
「オレは、その間に見てきました。オレが戦う理由を、もう一度」
「そうか」
長官が頷く。
「…ブルーの処置は、変わらないんですね?」
確かめるようなレッドの声に、長官が表情を歪める。それを返事と受け取ったレッドは、自分のシャイニングブレスに手を伸ばした。
「オレは、いつでも誰かを助けたかった。シャイニンジャーになったのも、そのためです。今、シャイニンジャーだからブルーを救えないと言うなら、オレは」
手首から外したシャイニングブレスを長官の机の上に置く。ブレスは金属の重量を思わせる音を立てた。
「シャイニンジャーを辞めます」
「おい!」
駆け出したのはブラックだ。
レッドの肩を掴んで、まくしたてる。
「おま、そりゃいくらなんでも直球すぎだろ?この場は適当にへーへー言っといてよ、力は持っときゃいーじゃねーか。あって困るもんじゃ…あ」
目の前に長官がいるのに気付いたブラックが青ざめる。眉間に皺を寄せ、レッドのシャイニングブレスを見つめていた長官は咳払いをした。
「今のブラックの発言は聞かなかったことにしてやろう」
「ありがとうございます」
ブラックの代わりにレッドが礼を述べた。
「だって、お前…」
「それをやったら、長官が困るよ。オレもそういうの好きじゃないし」
「本気なんだな」
長官が念を押す。
「はい」
その瞳を真っ直ぐに見たまま、レッドは告げた。
「オレは、ブルーを助けます。宮田主任も。もう誰かに手が届かないのはいやなんです」
お世話になりました、と長官に一礼して、レッドはメインルームを後にした。
「レッドさん!」
美沙がその後を追う。
廊下を歩いていたレッドが立ち止まった。あわせて美沙も立ち止まる。
「美沙ちゃん」
どうしたの、といつもの笑顔で笑うレッドに、美沙は胸がしめつけられる思いがした。
「どうするんですか、これから…」
「ブルー達を助けに行くよ。青葉太陽として」
そう言って笑ったレッドに、たまらず美沙は叫んでいた。
「あたしは、レッドさんも幸せじゃなきゃ嫌です!」
廊下に響くような声だった。体中から振り絞ったようにも思う。それでも美沙は叫んでいた。
「あたしは…」
美沙は思い出していた。
初めてレッドと出逢った時、ためらいなく戦いに向かう背中に魅かれた。どうして、そんなことが出来るのだろうと不思議だった。
そして、レッドと行った遊園地の帰り。電車に乗って、老婆に席を譲った。レッドに褒められたくて、褒められて、嬉しくて。
「…あたしは」
なんて違うのだろう、あたしとこの人は。
美沙の瞳から涙が溢れた。
「レッドさんみたいに、息をするみたいに親切になんかなれない…。褒めてほしいって思うし、いい子だなって思って欲しい…あたしは」
後から後から涙がこぼれる。それを拭いもせずに、レッドを見たまま、美沙は言った。
「あたしは、レッドさんが好きだから」
だから、レッドさんも幸せじゃなきゃ嫌です、と言って泣き出す美沙を、レッドは困ったように見つめていた。手を伸ばしかけて、思い直したように引っ込める。それからどこかから言葉を探し出して、レッドは告げた。
「ブルーもね、怒るんだ」
しゃくりを上げた美沙がレッドを見る。
レッドは兄のような顔で微笑んだ。
「オレが損をしていると、馬鹿じゃないかと怒るんだ。ブラックももっと要領よくやれって言うし。変なの。損をするのはブルー達じゃないのにね。でも…」
ブルーはレッドの過去を知っていた。調べたと告げられ、それでどうとは思わなかった。けれど彼はことあるごとにレッドを怒ったのだ。なぜか。
「でも、それを嬉しいと思うオレは、もっと変だ」
照れくさそうにレッドは微笑んだ。
「だから、オレは美沙ちゃんに約束する。絶対に、ブルー達を助け出す。それで、本当にちゃんと、皆で幸せになろう」
「どうやってですか〜」
ぐすぐすと泣きながら、美沙は抗議した。肝心要のシャイニングブレスは、もうレッドの手元にはないのだ。疑いを宿した美沙の視線に、レッドは頭を掻いた。
「信じて」
「信じる?」
「オレを信じるように、皆を。ブラックや、ブルーや、宮田主任や、皆を」
「信じて、どうなるんですか?」
「それがオレの力になるよ」
言いながら、レッドが美沙の手を取る。
「泣いてくれて、ありがとう。今、傍にいてくれるのが美沙ちゃんで良かった」
「レッドさん…」
まるで最後の別れのようだと美沙は思った。不安が顔に出たのだろう。気付いたレッドが、にこりと笑った。
「全部終わったら、一緒の大学に行こうね」
言いながら、レッドが背を向けて駆け出した。
「絶対ですよ!」
美沙が叫ぶ。レッドは片手を上げて答えていた。
北極の上空、地球連合航空隊の一員として作戦に参加していた芹沢二尉は驚きを隠そうとはしなかった。
「こ、んな…馬鹿な」
攻撃目標であるネオロイザーの本拠地。その前にいるただ一人のネオロイザーによって、艦隊の四分の三が消滅していた。しかも接近戦をしたわけではない。相手はただ、何度か空斬りをしただけなのだ。その衝撃波によって、航空機も、海上にあった空母も海中にあった潜水艦も姿形を消していた。
「馬鹿な…!」
一矢も報いずここで死ぬのか。
芹沢は怒りをぶつけるかのように、戦闘機の操縦桿を握り締めた。
シャイニンジャー秘密基地のメインルームでは、地球連合の無線が飛び交っていた。ネオロイザーを補足してから間もなく、事務的な内容は失せ、驚愕と悲鳴に変わっている。
ソファに座ってしばらくそれを聞いていたブラックは、ふらりと立ち上がった。
「ブラックさん…」
気付いたナナが振り返る。彼女の手元のモニターから、航空隊の機影が消えつつあった。
「んー」
何の気なしに頬を掻くと、ブラックは長官に告げた。
「行ってきますわ」
「行ってくれるか」
長官が息を吐く。ステファンが無言で胃薬を差し出した。
「まあね、見殺すわけにゃいかんでしょ」
これでちょっとはこりてくれるといいんだがなぁと言いながら、ブラックは歩き出した。
ぺたり、と響く草履の音は、やはり間延びした雰囲気を醸していた。
〔Mission27:終了〕