無敵戦隊シャイニンジャー

Mission28: 「地球をしょって立つ男」

 シャイニンジャー秘密基地の出口に差し掛かったレッドは、扉の前にステファンがいるのに気付いた。腕を組み、壁にもたれているその様子が、レッドを待っていたのだと告げている。いつも笑顔を絶やさないステファンらしくない、生真面目な表情だった。
「ステファン医師…」 呟いたレッドは足を止めた。
「行くのね?」
 壁から身を起こし、なんの気ない様子でステファンは聞いた。はい、とレッドが頷くのを見て、ステファンはため息をついた。
「まぁね、言っても無駄なんだろうけど」
 はい、とステファンがレッドにカードを手渡した。ステンレス製のカードキー。ステファンのID番号が入っている。シャイニンジャー秘密基地内や地球連合の施設内への移動にスタッフが用いるものだった。
「え?これ…」
「アタシのIDカード。ブレスがないんじゃ、今までみたくフリーパスになんかならないでしょ?足の調達に使いなさいな」
「足…?」
「今からなら、丁度いいんじゃない?カイも出かけたみたいだし」
 ステファンの唇が悪戯に微笑んだ。それから、ふいにレッドを抱き寄せる。
「気をつけて。死んではダメよ。這ってでもアタシのところに帰ってきなさい。治してあげる」
 声音が怖いほどに真剣で、身の内に響くようだとレッドは思った。
「ステファン医師…」
 レッドが呟き終わる前に、ステファンが身を離す。いつもの笑顔で、彼は言った。
「さ、行きなさい」
 口を開きかけたレッドが、言葉を飲み込む。結んだ唇が再び開かれた時、出てきた言葉は別のものだった。
「ありがとう!借ります!」
 ステファン医師のカードキーを手にかざし、レッドは再び駆け出していた。


 ネオロイザー本拠地にいる宮田は、うすく空を覆う雲を見ていた。
 なぜだろう、胸がざわめく。何かが起きているのかもしれない。
 この場所が宇宙空間ではなく、地球ならば。
 宮田は光の檻を見つめていた。
 ブルーを、元いた場所に返すことくらいは出来るかもしれない。
 今、彼の足枷になっているのは自分なのだ。
 宮田が唇を噛んだその瞬間、扉が開いた。「帰ってき…」 声をかけようとして、その足音が革靴ではなく鐙だと気付く。座っていた宮田は腰を浮かせて身構えた。
 鎧特有の重厚音をさせながら、入ってきたのは黒い鎧武者の姿を模したネオロイザーだった。
「…あんたが来るとロクなことないわ」
 宮田が黒武者を睨んだまま告げる。面に覆われているせいで、相手の表情は見えなかった。
『…地球のヤツらが動き出した。聞こえぬか?羽虫の音が』
 言われた言葉に、宮田が耳を澄ます。遠く、空の向こうでエンジンが唸る音がわずかに聞こえた。数が計り知れない。
「なんでや…?」
 シャイニンジャー達ではない、宮田は確信した。地球連合の航空隊に違いないのだ。
 敵うわけがない。
「なんで…!」
 宮田は遠く離れた地にいる長官に訴えかけた。彼ならばそれもわかっているはずだ。
『無能なるかな、人間共の哀れなことよ』
 あざ笑うような黒武者の声に、宮田は睨み返した。そんな宮田を眺め、黒武者は随分と長い間沈黙していた。
『まだ、人間を信じるか…?』
 質問の意図をつかみかねた宮田が怪訝そうに眉を寄せる。黒武者の面の奥にある瞳が、わずかに細められた。
『これが最後の戦いとなろう。我等が同胞も、最早数えるほどしかおらぬ。お前がこの期に及んで人につくと言うならば、我はお前を斬らねばならん』
 言いながら、黒武者は面に手を伸ばした。静かに外された面、現れた顔は精悍で、悲壮さをたたえた黒い瞳が宮田を映していた。
『兄の手にかかりたいか、ナルよ』
「なんやて…!?」
 宮田の驚きと呼応するかのように、本拠地内に衝撃が走る。ギンザが剣を振るったのだ。宮田はよろめき、黒武者はその場に踏みとどまった。直ぐに面を付け直すと、宮田に向け剣を抜く。
『さあ、答えよ!』
 その瞬間、勢い良く扉が開かれた。
「宮田主任、無事ですか?」
 飛び込んだブルーが、剣を構えた黒武者を認める。ブルーは即座にシャイニングソードを引き抜き、ためらいなく構えた。
「そこで何をしている…!」
 冷めるような目でブルーを見た黒武者が、姿勢を正す。構えた刀の鍔が、小さく部屋に響いた。


 怒気を孕んだ呼気も、冷え切った大気に抱かれ消えていく。
 氷点下をはるかに下回る北極の大地で、ギンザの周りだけが熱気を有していた。
「馬鹿な…」
 芹沢が呻く。唾を嚥下する動きすら察しそうな気配がギンザから発せられている。動けない。芹沢の操縦桿を握る手が、小刻みに揺れていた。
 今まで何度も戦場を経験している。それでも、ここまで恐怖を感じたことはなかった。
 ギンザが剣を構えた。北極の風にマントがなびく。ゆっくりと振り上げられた剣は、白銀の鎧と対になっているようだった。氷の大地に良く似合う、白の柄。
 今までに四度ほど振りぬかれた剣は、衝撃波を発し、地球連合の艦隊をもくずと化していた。
 打ち込まれたミサイルも、弾も、全てギンザに達する前に消滅したのだ。
 違う。
 震えのせいで、芹沢の歯が鳴る。どうにか噛み締めながら、芹沢はギンザを見た。
 姿形は人に似ている。だが、生物としての純度がまるで違う…!
 化け物め…!
 ギンザが構えた剣を振り下ろす。轟、と大気が裂ける。
「おおおおお!」
 最後のミサイルの発射スイッチを押しながら、芹沢は叫んでいた。
 
 芹沢はきつく目を瞑っていた。今まで見た友軍の消滅、自分もその列に加わるのだ。
 痛みは怖くない。死を恐れはしない。
 守るべきものを守れない。ただそれだけが芹沢の無念だった。
 
 終わりはいつまでも来なかった。
 芹沢がそっと目を開く。映った景色は、信じられないものだった。
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